なんだかんだ多忙

ブログが全然更新されてない! と、大切な友人にはっぱをかけられたので近況報告をしておこうと思う。 5月いっぱいでアメリカの学校が終わる。 長男は中学卒業。 卒業式はない、と言い張るが本当だろうか? 代わりに「ソーシャル」と呼ばれるダンスパーティー?があるらしいが それにも行くのを渋っていて、めんどーなのだそうだ。 めんどーなのはスーツやら何やら準備するこっちのセリフ! と言いたいが、せっかくの卒業なのでパーティーに行ったらいいのに、と勧めている。 そして6/3から2週間、イランに行く予定。 旅は3月頃から予定していたのだが、 ここ数週間、アメリカとイランの関係がいよいよ怪しい。 緊張が高まって、戦争が始まってしまうのでは? と心配になる様な報道が続いている。 アメリカが爆撃機や空母を中東に送り、 イラクのアメリカ大使館職員に避難勧告が言い渡され、 何かが起こってしまいそうな不穏な空気。 しかし今のところ、イラン行きは決行される予定。 毎回イランへ行く前には何かしらの不安材料があるが、 今回は特に怖い。 あと2週間、何か動きがあるだろうか?

指のその後

バレンタインデーに最高に痛くなり、 救急センターに駆け込む事となったオスカーの指。 1週間の抗生剤服用後も治らず、 ファミリー・ドクターに連絡して、もう1週間ぶん同じ薬を出してもらった。 その間に指の専門医の所へ行ったが、 「薬飲んでるなら、それで様子見て。 治らないようならまた来なさい。」と言われたそうだ。 せっかく出向いたのに何もしてくれなかった専門医に 少々怒りモードのオスカーだった。 2週目の抗生剤を飲み終わってラケットボールを再開したのだが、 ラケットを握るたびに、まだ浮かない顔。 痛みも腫れもだいぶ引いたけれど、 指を曲げた時の違和感が取れないという。 そこでもう一度ファミリー・ドクターに相談。 別の専門医に紹介してくれたので、そちらへ出向いた。 レントゲンと診察に行き、 その翌日MRIを取りに行き (その日も帰宅後ラケットボールに出掛けて行った)、 3日目に結果を聞きに行ったオスカーから 「明日手術になった」と突然の報告。 翌日私がオスカーと一緒に行き、 指先なのに全身麻酔の手術、1時間弱で終了。 術後の経過を見る場所に私が通された時には オスカーはもう起きて看護師にノンストップで ジョークを飛ばしまくっていた。 優しい看護師は上手にオスカーのジョークを受け流していたが、 こっそりと「いつもこんな風なの?」と私に尋ねて来た。 「まぁ、こんなもんです(苦笑)」 「じゃあ大丈夫ね!」 そんな感じで、腕はグルグル包帯で巻かれているものの ピンピンしているオスカーを助手席に乗せ、 オフィスに戻ったのだが、帰り道もオスカー節止まらず。 「大げさにしやがって! ぜーんぜん普通に自分で運転して帰れるってのに。 わざわざ二人で来ることなかったんだ!」 結局開いた指からはトゲが出てきたそうだ。 庭で柑橘を取っている時に刺さったのか、 はたまたどこかで木のささくれが入ったのか。 念のため、摘出サンプルを検査に送ったらしい。 術後は痛みもなく、普段通りの様子。 しかし翌日から抗生剤の点滴投与に通う日々が始まった。 オスカーの血管は分かりにくく、 さらに針を刺しても血管が動いて逃げるので看護師泣かせ。 手の甲や手首、腕の内側など、どこもダメで しまいにはお尻から点滴された、と言って帰ってきて 痛くて座れなくなる始末。 クリニックへの往復時間も合わせると、 毎日2時間ほど掛かるので、それにもイライラ。 そこで点滴を始めて4日後にPICCラインという 長期化付けていられる血管へのラインを入れることになった。 これは必要なのかどうか、私は疑問を持ったが 専門医も抗生剤投与クリニックの医師も、 点滴は4週間続けるから必要だという。 そして今日、オスカーはPICCラインを入れに出掛けて行った。 14時の予約なのに全然帰ってこないなぁ...と思っていたら 18時近くにようやく戻ってきた。 車から降りたオスカーは右手に点滴薬の入った袋を握りしめている。 車の中には大量の抗生剤点滴バッグがあり、 さらにアルコール消毒パッドや、食塩水とヘパリンのスリンジなども 箱でドカンと出されていた。 「これ、もう終わったみたいだから取っていいいぞ」 へ? 私が取るの? オスカーに言われるまま取ってみたが、このままでいいのか? PICCラインのカバーもないのか? 私の目が点になっている間に歩みさるオスカー。 慌てて薬と一緒にあったフォルダーを開いて見ると PICCラインの末端をアルコール消毒してから 食塩水を注入、さらにヘパリン注入。 最後にゴムのキャップをかぶせる、と書いてある。 そうなのだ。 オスカーは自宅で点滴する事を安請け合いし、 その道具を一式もらってきたのだ。 慌ててオスカーを呼び戻し、 「ここに食塩水とヘパリンを最後に注入って書いてあるけど! どうなってるの!」 と問いただすが、オスカーは 「ん?そんなのやるんだっけか? いや、もう点滴は終わったんだ。 12時間後にまたやらなきゃならないけど...」 と全然あやふや。 仕方がないのでクリニックに電話して看護師に確認し、 書いてある通りに処置をしたが、 ズブの素人にこれをやれって本当に大丈夫なの?! と、だいぶ不安である。 これから3週間、朝晩2回の点滴投与。 知らない間に私の仕事...らしい。

5ガロン水槽

久々に動物ネタを。 私がオフィスに置いている5ガロン水槽。 最近はオレンジ色のスウォードを3匹のみ飼っていた。 ちなみにオスの尻尾が剣の様に尖っているのでスウォードという。 そこに新入り5匹を追加した。
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赤のボディに黒い尻尾のスウォードを2匹。 バルーンが3匹だ。
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オスの真っ黒なバルーンは今まで見た中で1番大きく立派な子。 本当にバルーンなのか?と目を疑うほどデカい。 真っ黒なボディだけどヒレの先にオレンジや黄色、 白がチラホラ入っていて見ていて飽きない。
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メスはお店に水槽の中で大きなお腹の子を2匹買った。 白い子はすぐにでも出産しそうだったので隔離。 2日後の朝、水槽の電気をつけたら卵が沢山産み落とされていた。 バルーンは卵でなく稚魚を産むので、 どうやら無精卵が沢山お腹に入っていたらしい。 それでも3匹の稚魚がいたので、元気に育ってくれることを願う。
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もう一匹のバルーンのメス、ダルメシアン・カラーの子も 1週間ほどしたら産みそうなお腹のサイズ。 さて何匹出てくるかな? 魚フィーバー再発の予感...

花粉症

どうやら花粉症らしい。
今までの人生、花粉症は他人事だったし
園芸農家で生まれ育った身としては、
花粉に対する免疫力も高いと勝手に自負していたのに、である。

数年前に年一回の健康診断で血液検査をしたら
なにかの数値が低いか高いかで(←詳細うろ覚え)
担当医に「アレルギー辛いでしょ?」と訊かれた。
その時は「え?そうなのかなぁ?!」と
疑問で応答するほど 自覚症状がなかった。
しかしそれ以降、意識するようになったせいか
年々アレルギー症状が顕著になって行っているようだ。
今年は特に酷い。
毎年この季節、売り物の車に黄緑色の花粉が降り積もり、
連日洗っても洗っても黄ばんだ車になってしまうのだが、
それと同時に体調が悪くなった。
くしゃみに鼻水、涙目。 喉も痛いし、
なんだかボーっとする。

そんな日々が2週間ほど続き、
先週末はとうとう 起きれなくなってしまった。
眠くて眠くて仕方がない。
15時間眠って、朝登校する子ども達を見送った後、
またさらに4時間眠り...
午後に用事があって無理矢理起きたが、
そうでなければ一生眠り続けられそうな勢いだった。
長男も同時期に同じような症状に悩まされていた。
特に喉の痛みが酷くて、念のため小児科に行ったけれど
やはりアレルギーだろう、とのこと。
二人で何種類かアレルギー薬を試した後、
現在症状がだいぶ緩和する薬に出会い、
長男も私もなんとか復活!
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庭のレモンやみかんは憎らしいほど花盛り

バレンタインデー(どころじゃない)

♪ Love is in the air ♬ 
世の中は一年で一番甘~い日『バレンタインデー』。
私にも花束が届くのかしら~


朝起きて台所にいると、
わが最愛の伴侶・オスカーが起きてきた。
振り返ると、中指をおっ立てている。
このバレンタインデーという日に、
この男は花束やチョコレートでなく喧嘩腰? 
「昨日の夜、一睡もできなかった~」
確かに、いつもに増して滲み出す、くたびれた感。
目の前に突き出された中指をよく見ると、
2倍ほどの大きさにはれ上がっている。
色もなんだかおかしい。

この中指、実は2週間ほど前に
「なんか痛くて曲がらない」と言い出していた。
しかし先週には少し腫れが引いたようだ、と
オスカーはラケットボールを再開していたのだった。
昨晩も20時に出かけていき、
帰宅したのは23時近かったので私達は寝ていた。
どうやら一晩中ズキズキと疼く中指の痛みに
一人耐えていたらしい。

早速駆け込み診療所に行くように指示。
オスカーは珍しく素直に出かけて行った。
(相当痛かったのだろう。)
1時間ほどして電話が入った。
「けっこう酷いらしい。
ここじゃ出せないから
Emergency Room(救急センター)に行くことになった。」
説明が上手ではないオスカーの言葉を必死に理解しようと努める。
きっと指が化膿していて、中の膿を出す、
と言うことだろう。

そこからしばらく連絡が途絶え、
救急センターの中だから電源を切ってあるのか、
携帯電話は留守番メッセージに直通。
私の頭の中では、指にメスが入り、
そこからダラダラと膿が流れ出し、
包帯でぐるぐる巻きにして帰ってくるオスカーの姿が
鮮明に浮かんでいた。

しかし戻ってきたオスカーの中指は腫れたままだった。
二種類の抗生剤(服用)を処方され、
一週間経っても完治しなければ別の医師に診てもらうよう
指示が出ていた。


バレンタインデーどころの話じゃない。
しかも翌日2月15日はオスカーの誕生日。
ふと思えば昨年9月、長男も誕生日の前日から
原因不明のアレルギー反応が出て、
誕生日当日に救急センターへ行ったのだった。
我が家には「誕生日に急病になる」呪いがかかってしまったのか?
今月末には私の、そして来月末には次男の誕生日がやってくる。
呪いだ、呪われた誕生日だ…


バレンタインデーどころの話じゃない。
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腫れた指でなく 熟れたみかんの写真を