2017年始まる

イラン旅行記以来、またまたブログを放置してしまった。
とりわけ忙しいわけではないのだが、気づくと日々が過ぎ去っている。

2016年後半、サンクスギビング、クリスマス、大晦日と
比較的ひっそりと過ごした。
家族水入らずでターキーを焼いて、
ポカポカ陽気のデッキでご馳走を食べた。

新年はお友達のお宅にご招待いただき、
子どもも大人も入り混じっての書初め大会。
長男は「筋肉」←筋トレに燃えている
次男は「貯金」←相変わらずガッチリしている
私は「愛」「自由」「繁栄」←繁という字を間違う始末・・・

気持ちも新たに、2017年も頑張っていこうと思う。
もちろん、ブログも更新頻度を上げたい。

今年もよろしくお願いします。
Matamata 2016-3
上向きでいきまっしょ!

ただいま

ブログを「さぼる」というより、完全に「放置」してしまっていた。
それどころかソーシャルネットワークのアップデイトも怠っていたので、
日本の友人から
「大丈夫?体調が優れないの?」
とメッセージをもらうほど、心配をかけることとなってしまった。

雲隠れしたかったわけではない。
2016年前半は忍耐の時期が続いた。
長男の首の痛みはずっと取れず、マッサージに通い、
学校と色々な面でもめ、何度も話し合いに出向いた。
子どもたちの学校が終わり、ようやく気持ちが和らぎ始めたのが6月初め。
そして6月下旬、イランへの帰郷を決行した。

今回の帰郷は家族4人全員が、渋い顔で挑んだ。
長男の体調がまだ万全でないことが一番の不安材料。
さらに2015年始めに車屋を拡張し、事務所を2か所にして以来、
初めての遠出・長旅でもあったからだ。

一番楽しみなはずの夫・オスカーでさえ、
「本当は行きたくないけど・・・行かなきゃダメなんだ」と、
自分に言い聞かせるような発言をしていた。
昨今の中東は平和とは程遠い状態にあり、
また出発の少し前にエジプト航空機が墜落するなど、
何となく不安になる要素も多々あった。

しかし、こうして帰ってきた今、言えることは
『今までで最高のイラン帰郷だった』ということ。
フロリダに戻ってきて、もう数か月が経過するが、
イランが、イランの家族が懐かしく思い出される。
イラン滞在記は少しづつ書いていくつもりだが、
何をしたか、どこへ行ったか、という事よりも、
この帰郷が私達を心身ともに癒してくれた、と言っても過言ではない。
今年、このタイミングで、イランに行くことが
私達家族にとって必要だった、とすら思えてくる。

生まれ育った場所ではないけれど、
私にとっても、そして息子達にとっても、
イランは「心のふるさと」になったのだった。

走り書き

色々な事との戦いを余儀なくされている。

疲れた。

と思ったら、ぎっくり腰になってしまった。
弱い。
完全に寝たきりではないが、ソロソロとしか動けない状態。
まるで老人。
(これは元気なご老人に失礼か・・・。)


取りあえず、最近の事を走り書きしておこうと思う。

まず、長男の首の治療は続行中。
現在一番の問題点であり、すべてのトラブルも、これを中心に巻き起こっている。
何を犠牲にしてでも、長男が「普通の日々」を取り戻せるまで
試行錯誤は続く。

1月から次男も空手道場のメンバーシップをストップしてもらった。
長男をあちこち治療に連れて行くのと、
次男を空手に連れてくるのでは時間的に無理がある、
と先生たちに伝えた。
だが本音を言えば、道場に対するわだかまりが、
長男の中でも、私の中でも消えていないから。
その空気は次男も感じたらしく「もう行かなくていい」と本人が言ったので、
それでは、と止めることにしたのだった。

隔週ペースでやっていた日本語クラスを辞めた。
後任の方がうまく見つかり、ありがたいことに
中学生3人の生徒さんを引き受けてくれる事になったからだ。
そのうち1人はほぼ3年という長い付き合いだったので心苦しかったが、
長男の状況を説明したら理解してくれた。
3人とも、末永く日本語を愛していってほしい。

自分が知らない医学的、薬学的な疑問を、
色々な方に訊くべく、電話を掛けまくっている。
ありがたいことに近しい方で看護師さん、薬剤師さん、
外科医師さん、元保健室ナースさん、などなど、
私の質問に嫌な顔せず、相談に乗ってくれる方が沢山おられる。
また、私の気持ちの整理、もどかしい気持ちを吐露させてくれる人達。
身近にいるお友達は自分の子どものように長男を心配してくれる。
車屋で働いてくれている女性には、アメリカ人的見解を毎度乞うている。
故郷の母にもしょっちゅう電話で愚痴っては心配をかけている。

ミリグラム単位の薬の量についてのアドバイスから、
宇宙すべてに降りかかる気の話まで、
様々な分野の英知を分け与えてもらい、
その度に考え、調べ、そして最善と思える方法を選ぶ。
そうして進んできたつもりだが、
道は険しく、長い様だ。


色々な意味で身辺整理というか、
ストレスも行動範囲も最小限に抑える必要がある。
そう感じている。
自分にとって必要不可欠な事を見極める。
大事な事を大事と認識する。
できないことをできない、と認める。
取捨選択。

開いた口が塞がらない、という状態

最近の、いやここ十数年の私は、
生きることに自信を持っていたと思う。

だいたいの勝手もわかって、
日々起こることもそれ程大差なく、
自分が考えている「世界像」の肯定の繰り返し、
生活ってこうだよな、
人間ってこうだよな、と
わかっているつもりだった。

例えば私は、どんな人が車屋のドアを開けて入ってきても、
笑顔で迎えられると思っていた。
そして私が心を開いた状態で話せば、
多かれ少なかれ、分かり合えるコミュニケーションが成り立つと思っていた。
「営業スマイル」だけでなく、自分が個人的に関わり合う人々とも、
こちらが気持ちよく接したい、と思ってさえいれば、
相手にもその友好的な気持ちが通じていくもの、と思っていた。

世の中には暗黙の了解があって、
皆、気持ちよく過ごせるように努めているものと思っていた。

運転中に罵られたこともあれば、
明らかに失礼な人もいるけれど、
それは通りすがりの他人が、ただ虫の居所が悪くて
そのとばっちりを食っただけ、と解釈することができていた。


だけれど、その「世界像」を崩されるような出来事が起こった。


今まで自分はぬるま湯に浸かった、居心地のいい場所にいて、
同じ事をしながら「そうそう、こんなもの」と思っていただけなのだな、と。
友好的な気持ちという形のないものは、
いくらこちらが持っていると自負していても、
簡単には通じていかないものなのかも知れない、と。
そして今まで「心が通じている」と思っていた人とも、
もしかしたらそれほど、通じ合っていないかったのかも、と。

とにかく、考えれば考えるほど、
自分が勘違いして生きてきたのではないのか?と思わされる出来事が、
起こってしまったのだ。

もったいぶって、何のことを言っているのかサッパリわからない、
煮え切らない文章になってしまっているのは承知の上なのだが、
自分の中でいま一つ、消化しきれていないので仕方がないのだ。

今回の出来事について、何回かに分けて、
順を追って書こうとは思っているのだけど、少々時間がかかるかも知れない。

病に倒れる

タイトルがだいぶ大袈裟で、いかにも心配してほしげであるが、
まぁ、家族全員が次々に風邪を引いてしまった、というだけのことである。

旅疲れが取れきれない状態で、無理矢理日常生活に戻り、
体の免疫力が落ちていたのがまず下地。
そこに新学期を迎えて「子ども=渦巻く菌」の真っただ中に突っ込んで行けば
これはもう、逃れられない結果であったのかもしれない。

長男は咳をしつつ頑張って学校に通い続けた。
その2日後、私の喉がイガイガし始めた。
鼻が一気に詰まり、当然思考回路も詰まり、
長男に負けじと我慢して仕事をしていたけれど、
2日目には「もうだめだー」と夕方帰宅後、ベッドに直行。
その翌々日に次男が起床と同時に「のどが痛いー!」と言い始めた。
元々気管支の弱い子なので、咳が日に日に酷くなって、
医者に連れていくと気管支炎と診断され、抗生剤を5日間服用。
そして最後に、いつもは無敵のはずの旦那までが咳と鼻水に悩まされている。

9月1日はアメリカの祝日「レイバー・ディ」で、
よそではバーベキューだなんだとやっていた様子だが
3連休はひたすら家で療養するのみであった。

病気が酷いと、ひたすら寝る。
少し楽になると、テレビが見られるようになり、
もう少し元気になると本が読めるようになり、と
少しづつ何かしたくなることによって、
「あぁ、元気になってきたな」と分るのだが、
今回はどうも、なーんにもしたくない状態が長い。
本を読むのも未だに億劫である。
なのでマンガ本をウダウダ読んだり、
日本のテレビ番組をダラダラ見たりしている。

ブログの更新。
またちょっと、元気になったのかな?

皆様、お元気で。