モモ成長記録 3〜4ヶ月


子犬の頃のコロコロしたフォルムから、
スラリとしたシェパードらしい体型になって来たモモ。
相変わらず昼間はオフィスで大人しくしているのだが、
ここに来て事件が起きてしまった。

12月31日、日曜日。
午前中は子供達と一緒に庭でモモと遊び、
裏のデッキでシャンプーもしてあげた。
それから私と長男は水槽の水換えで大わらわ。
1時間以上が経過して、ふと外を見るとモモの姿が見当たらない。
何度か呼んで、裏のドアからまた呼びかけた。
すると走り寄って来たのだが、またすぐに
裏庭へ戻っていってしまった。
なんとなく嫌な予感がしたので外へ出て見ると、
モモはニワトリの死体の周りをピョンピョン跳ねたり、飛び掛ったりしていた。
辺りには白い鶏の羽根が飛び散っていた。
あぁ、やっちゃった。
そう思った。
オスカーは外出していたので私がどうにかするしかない。
No! と怒った声でモモを叱り、バケツにニワトリの死体を入れ、
モモが届かない車の屋根の上に置いておいた。

オスカーが帰ってくると早速悲報を伝えなければならなかった。
ムッと怒った顔をして外に出て行き、ニワトリのバケツを見つけたオスカーは
モモを呼んでニワトリの死体をロープで括り付け始めた。
これはニワトリを飼い始めた頃、何度も追いかけて殺してしまったボボに
お仕置きとしてオスカーがやった事だ。
その時は覿面に効果があり、それ以来ボボは全くニワトリを追いかけなくなり、
それどころか守る様な仕草さえする様になったのだ。
あの時は確か夏場だったし、一度土に埋めたニワトリをボボが掘り返したのだったと思う。
それを首に括り付けられたボボは嫌がり、一生懸命外そうとしていたそうだ。
しかし今回の場合はモモがニワトリを殺したばかりで、
まだ新鮮な死体は異臭を発していない。
逆におもちゃの様に遊んでしまい、オスカーの怒りに油を注いでしまった。
私と子供達は黙って首からニワトリをぶら下げるモモを無視する事に努めた。
お仕置きなのだから仕方がないのだ。
しかし私は内心
「モモは自分が何をして怒られているのか、わかっているのだろうか?」と疑問に思っていた。

それから数日後、年明けの1月3日。
この冬最低気温、しかも近年稀に見るほどの寒波がやって来て
「フロリダに雪が降る」と大騒ぎになった日だった。
公立学校はこの寒波のせいで休みになり、
私と子供達は自宅にいた。
午後になってモモを呼ぶと、庭の端の方でひょい、と顔を上げるのが見えた。
しかしまたすぐに態勢を低くして見えなくなった。
まるで何かに夢中になっている様に。
嫌な予感。
長男が近くへ行って確認すると、予感は的中。
またもやニワトリを殺していたのだ。

オスカーに言わないわけにはいかない。
オフィスに行って報告すると早速オスカーは自宅の庭にやって来た。
この時にも全然懲りていない証拠に、
モモがニワトリを追いかけ回して遊んでいた。
オスカーはすぐにモモをロープで玄関前のポーチに繋いだ。
やはり全然わかっていなかった。
今回もこうして繋がれている理由がわかっているのだろうか?
なぜこうもタイミング悪く、寒い日に限ってこんな悪さをするのだ。

モモもモモだが、オスカーもオスカーだ。
ニワトリがいるのだから犬を飼ったらこうなることぐらい分かっていたはず。
何を今更怒っているんだ。
遊び盛りの子犬が、動くターゲットを追いかけるのは当たり前。
私達に文句を言うのは御門違い。
言いたくはないけど
「じゃあなんで飼ったの?!」と言う言葉が口をついて出てしまう。
自分が蒔いた種、となぜ思わないんだろう。

前例が成功しているので、今回も自分がニワトリ狩りをやめさせられると思っているのだろう。
かわいそうだけれどモモも鶏を追いかけ回してはいけない、
ましてや死ぬまでいたぶりつけてはいけない、と言うことを
学ばなければならないのだ。
さぁ、どうなることやら。

おまけ:
モモが産まれたお宅のVさんに送ってもらった写真

お母さん(真っ白)
お父さん(黒に茶色でモモと同じ)
お兄さん(真っ黒で胸に白いスポット)

小屋の中の孔雀

以前書いた「ご近所トラブル」以来、我が家の9羽の孔雀達は
2つの小屋に2羽、7羽で分けられて籠の鳥状態になっていた。
今までずっと自由気ままに歩き回っていたのに、
天地がひっくり返った様な驚き様だろうと思う。

孔雀達を閉じ込めてから数週間後のある日、
オスカーはオフィスで働いてくれているステイシーに
「孔雀売ります」と広告を出す様命じた。
どう言う心境の変化が起こったのかは定かではないが、
もっと伸び伸び暮らせる場所へ行ってくれるならこれ幸い、と思った私は
下手に根掘り葉掘り尋ねないことにした。

広告を出してしばらくはなんの音沙汰もなかったので
内心がっかりしていたのだが、
やがてちらほらと電話やテキストメッセージで問い合わせが来始めた。
広大なアメリカという国では
孔雀も需要があるんだなぁ、と感心。
孔雀の醍醐味と言えばあの美しい羽根だが、
その羽根を持つオスではなく、メスを欲しがる人が多いのには驚いた。
どうやら世の中には孔雀を繁殖させたい奇特な人がごまんといらっしゃる様だ。
さらには「卵は売っていないのか?」と言う問い合わせもあった。
卵を人工孵化させるつもりなのか?
鳥よりも安価なのは確か、なかなか考えたものだ。
クリスマス前には問い合わせがピークに。
どうやら「今年のプレゼントは孔雀!」と望むファンキーな人がおられるらしく、
1羽、また1羽と引き取られて行った。
現在残り5羽。

広告は出してみたものの、いざとなったら
「最初のペアは売れない」と言ったり、
「今年産まれた5羽のうち、2羽はメスみたいだから売れない」だのと、
今更後ずさりするオスカー。
結局4羽は残ることになりそうだ。
メスを残す、と言うことは、さらなる繁殖を目論んでいるのか。
ここまで来ると呆れると言うより、むしろ病的?
何かのトラウマ?

そう言えばずっと以前、ハトをたくさん飼っていた時に
「どうしてハトが好きなの?」と問うて聞いた話。
それはオスカーがまだ幼い頃(10歳前後と想像する)。
村の枯れ井戸の中に沢山のハトがいて、
自分のペット同然に餌をやったり、
ちょくちょく足を運んで見ていたのだそうだ。
ところがある日、その秘密の場所をお父さんに見つかってしまう。
仕事の手伝いをサボって何をしてるかと思えばこんな所に来てたのか!
烈火のごとくに怒ったお父さんに追い立てられて畑に行ったが、
それでもハトが好きで好きで、それからも時々は井戸に行かずにはいられなかったと言う。
ある日井戸へ行くと、何十羽というハトが全部死んでいた。
オスカー少年は恐怖と悲しさで震え上がった事だろう。
しかもハト達は全て首を折られ、殺されていた。
他でもない、オスカーの父がもう仕事をサボらない様にと
手を下したのだった。
だから大人になってこうしてハトを飼うことが出来て嬉しいんだ、と
教えてくれてオスカー。

やはり、きっと、それはトラウマに違いない。

モモ成長記録 2〜3ヶ月

モモが我が家にやって来てから、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしている。
日に日に体が大きくなって行く様で焦るほどだ。
「沢山写真を撮ってね。すぐ大きくなっちゃうから。」と獣医さんにも言われている。
と言うわけでブログにモモちゃんの写真を定期的にアップし、
成長記録として残そうと思う。

11/05/17
お友達家族と海へ。
モモちゃん初の遠出だったが行きも帰りも本当に良い子だった。
長男撮影
後部座席の私と次男の間で、ほとんど眠っていた。

海では他のご家族に初対面で可愛がってもらい

海辺で爆睡

誰かさんも爆睡
(以上写真3枚 Wさん撮影 ご提供ありがとうございます!)

11/10/17
獣医さんへ。
とっても大人しく「いつもこうなの?」と
受付のお姉さんに驚かれるほど。
このクリニックでは初回費用の$71を払ってメンバーになると
予防接種が生きている限り無料とのこと。
ただし毎年一回の健診($50)が義務づけられている。
生後8週間のモモちゃんは
• DHPP混合接種(キャン!と鳴いたがすぐ平気に)
• 犬インフルエンザ予防薬(先生が手で鼻に擦り付けた)
• 虫くだし(美味しそうにペロペロ食べていた)
• ハートワームと蚤よけ添付薬のサンプルをもらう
体重は18ポンド(約8キロ)。
次回の予防接種は3週間後だそうだ。

11/11/17
虫くだしが効いた様でフンにスパゲティの様な寄生虫発見!
「子犬にはよくあることだから念のため」と言われて
受けさせておいて良かった。

毎日オフィスで私が仕事中は、良い子に寝ている事が多い。
気がつくと足元に来ている。


自宅では2週目からオスカーによって
モモちゃんの寝床であるケージを外へ出されてしまう。
夜中に起きてトイレに行かせてね、とオスカーに言っておいたが
朝方失敗してしまう事が何度かあった。
フカフカのペルシャ絨毯が草を思わせるのか、
イランから担いで来たシルク絨毯の上でやってしまうので
その度にオスカー激怒。
玄関前のコンクリートポーチの端にお引越しさせてしまった。
しかし逃げることもなく、夜になるとちゃんとケージの中で寝ている。
なんと賢い娘だ!

11/12/17
エサをご褒美に、お座りと伏せの練習。
何日かでしっかりマスター。


次男の事は同レベルと思っているふしがある。
じゃれるのも本気だし、甘噛みも少々本気モードになりそうな時がある?
「お兄ちゃんだぞ」アピールを一生懸命しないとね。


人間の赤ちゃんと同じで急速に成長している子犬はちょくちょく眠る。
寝ている時はまさに天使の様(これも人間の赤ちゃんと同じ 笑)。
寝顔写真ばかり増える。

すっかりモモちゃんに首ったけな我が家である。

モモ

10月10日に忠犬・ボボが他界して以来、
我が家には無言の寂しさが漂っていた。
オフィスのデスク脇にボボがいつも座っていた場所の
からっぽさと言ったらなかった。

私達の寂しさは別として、
かわいそうだった最後や、
沢山の動物たちと共存しなければならない我が家の環境を思うと、
「しばらく犬は飼わずにいよう」と思い、
子どもたちにもそう言っていた。

ところが・・・

案の定と言えばいいのか、
またまたやってくれました、と言うのか。

我が家の暴君(?)オスカーが、
「ラケットボール友達の家に子犬が生まれたんだってさ!」
と言い出した。
ボボが去ってから2週間ほど後の事だった。

もちろん私も子どもたちも
「しばらくは飼わない!」と猛反対。
「まぁ、まだ子犬らしいからな・・・」と呟いていたオスカーを見て、
予感はしていたのだが。

10月30日。
朝、オフィスでオスカーと話をしていると、
突然オスカーの友達が子犬を抱えてやってきた。
生後7週間のジャーマン・シェパード・ドッグだと言う。
オスカーとその友人を前に、私は一生懸命反対した。
「まだ早すぎるよ、ボボが死んだばかりだし。」
「こんなに小さい子犬、どうお世話すればいいかわからないし。」
「困るよ、困るったらー!」

最初は「ママがだめって言うならだめだよなー」と
言っていたオスカーの友人も、
「いや、飼うよ。俺に任せとけ!」
と言い張るオスカーと私を交互にチラチラ見て、
一悶着起こる前に・・・と言わんばかりに
抱いていた子犬を床に下ろすと、
「んじゃ!」と言い残して、逃げて行ってしまった。

と同時にオフィスのドアをバタン!と締めて出ていったオスカー。
後に残されたのは私と見ず知らずの子犬。
見知らぬ場所で、飼い主だった人に立ち去られ、
途方に暮れた様子の子犬。


誰が無視できようか。

一回触れてしまったら終わり、と分かっていた。
子犬も恐る恐る、私も恐る恐る。
椅子の下の暗がりに隠れて、まだ不安そうに見返してくる。
少しづつ、近寄って来て、慣れて来て。

そうして私は、女の子の母となった。

その昔、息子たちが生まれたときに、
男の子ならオスカーが命名、
女の子ならフロリダ娘が命名、
と言う無茶苦茶なルールを言い渡された私。
念願の女の子はもう産ませてもらえる見込みがないので、
女の子につけたかった名前をこの子犬にあげることにした。
「モモ」

とても慎重な性格で、よく食べ、よく眠る。
私は子犬のトイレ・トレーニングをやったことがなく、
不安だったけれど、ちゃんと外に行って上手にやっている。
昼間はオフィスに連れて行って私が仕事を始めると、
おとなしく眠っているか、オフィスにやってくる人たちを
用心深く眺めて、隠れたりしている。
子犬とは思えないほど静かで落ち着いた子だ。
ボボの様にオフィスにいても
逃げない・吠えない・邪魔しない犬として
立派に成長するかもしれない?!?!
と、すでに溢れ出す、私の親バカ精神。

さて。
「俺が世話をする!」と豪語していたオスカーはと言えば・・・。
ほぼ何もしていない。
夜中に1度トイレに行かせるためにドアを開けているらしいが、
それ以外は足にじゃれつくモモに
「No!」「No!」と怒鳴るのみ。
トイレ・トレーニングに三度の食事、
遊んだり、芸を教えたり、一生懸命やっているつもりの私を見て、
「そうやって甘やかすから、子どもも犬もだめになるんだ!!」と
怒り散らしている。

中指を立てて応戦ですよ、おじさん。

こう言う経緯で我が家にやってきたモモ。
末永く、仲良くしてね。

さよなら ボボ

我が家の忠犬、ボボがこの世を去った。

ボボの最後は可哀想なものになってしまった。
火曜日に一日姿を見せなかったので、どうしたのかな?と
思っていたのだが、
水曜日の午後になってオスカーが自宅の植え込みの下で
死んでいるボボを見つけた。
顔に小さめのバケツが被さっていて、
外せなくなって死んだのではないか?とオスカー。
でも私は腑に落ちず、不思議で仕方なかった。
しかし考えてみると、バケツがはまってパニックになり、
てんかんの発作を起こしたのではないか?
と想像するに至った。
ボボは過去に数回発作を起こし、獣医さんから薬をもらいに行った時、
ラブラドールは年を取るとてんかんを起こす事が多い、
年齢が進むとてんかんの頻度が増す可能性がある、と言われていた。

それにしても、もう少し早く気づいてあげていたら・・・と
申し訳なく、ボボが可哀想で仕方がない。


愛犬家の皆さんからは、
「なぜ丸一日姿を見せない時点で懸命になって探さないのか?」と
ご叱責を受けるかもしれない。
でもボボのライフスタイルは、普通のペット犬とは少し違っていたのだ。

ボボは首輪も鎖にも繋がれず、毎日隣近所を練り歩いていた。
特に向こう三軒などは人間同士はどんなに仲が悪くても、
ボボだけは可愛がってくれていた。
隣の家ではポーチにお邪魔しておやつを貰ったり、
二軒先の奥さんの帰宅時間になると、ボボがスッと出ていって
毎日出迎え、撫でてもらっていたようだ。
雷が鳴るとそのお宅の指定位置に避難していた様子だった。
一時は顔を見ても挨拶すらしないほど険悪な仲になったご近所さんとも、
ボボの話題で話をするようになったりと、
アンバサダー的な役割も果たしてくれていたのだ。

毎日私と一緒に車屋のオフィスに歩いて出勤、
昼間は犬用クッションの上で眠っていることが多かった。
お客さんに対して吠えたことは一度もなく、
のっそりとそばに行って静かにお座りをして、撫でてもらったりしていた。
真っ黒で大きな体なので、見た目はいかついから、
私一人で店番をしている時や、
ほんの数分だけどオフィスを空けなければいけない時など、
ボボがいてくれるから安心だった。

昼間寝てばかりいる代わりに、夜は一晩中立派な番犬を勤めてくれていた。
自宅周りからオフィスまで広範囲に渡りパトロール。
不審者が通るとワンワン!吠え、
寝ている私たちには心強く感じられた。
自分の役目をしっかりとわきまえた犬だった。

わが家にニワトリがやってきた頃は、ボボがニワトリを追いかけ回して
瀕死の状態の鶏を咥えて来て誇らしげにオスカーに見せ、
ものすごく怒られていた。
何度目かに、オスカーの堪忍袋の緒が切れ、
ボボは死んだニワトリを首に数時間括り付けられた。
その罰で凝りてからはニワトリはもちろん、
ヒヨコにも、孔雀にも、誰にもちょっかいを出さなくなった。
むしろ鳥たちを守るような優しい仕草も見せるようになり、
夜間も外敵から守ってくれていたので、
屋外で寝ている鳥たちを一匹も失うことなく過ごしてきた。

夏に長期的に里帰りする間などは、寂しい思いをさせてしまったし、
他所の家なら家の中に入れてもらって、
もっともっと可愛がってもらえたのじゃないか?と思う。
無念な最後を遂げさせてしまった事が何より辛く、
毎日罪悪感がチクチク刺さる。
ごめんね、と言う言葉で送りたくはない。
沢山ありがとう、だね。

Bobo selfie

10月10日、ボボ永眠。