あなたならどうする?~実情版~

前回のブログで描いたシーンは、実際に起きた事件であった。
まず登場人物A、B、Cを紹介し、現状をもう少し詳しく説明したいと思う。

A:ステイシー
もともとオスカーの友人で、1年ほど前からうちの車屋で週2日働いている女性。
アメリカ生まれ、アメリカ育ち。
ハッキリものを言う、曲がったことが嫌いな性格。

B:オスカー
ステイシーの雇用主で車屋のオーナー。
イラン生まれ、18歳でアメリカに移住。
わが道を行く性格。

C:ケニー
不定期で車屋に来る男性で、オスカーがビジネスを立ち上げた頃に苦労を共にした仲。
アメリカ生まれ、アメリカ育ち。
聾唖者で、黙々と仕事をする腕利きのメカニック。


事件はある土曜日に起きた。
ステイシーはドクター・ペッパーを冷やそうと冷蔵庫に入れ、オフィスで仕事をしていた。
外で仕事をしていたケニーが、喉がかわいたから向かいのガソリンスタンドへ飲み物を買いに行く、
と言うので、オスカーは「待て待て」とケニーを引き止め、冷蔵庫を開けた。
中にあったドクター・ペッパーをケニーにやろうとすると、ステイシーが
「それは私のよ!」と止めた。
「ケニーは喉がかわいてるんだから」とオスカー。
「私だって喉がカラカラよ!」とステイシー。
しかしオスカーはドクター・ペッパーをケニーにやってしまった。
(ケニーがステイシーとオスカーの一悶着を見ていたか、状況を把握していたか、は定かではない)

憤慨したステイシーは、家にいた私に電話を掛けてきた。
「きっとオスカーが私の事をワガママで幼稚なヤツって表現すると思うから、
その前にあなたの意見を聞きたいわ!」と事件を説明した。
「オスカーは私が働き始める前はとても優しかった。
なのに今は何かにつけて私を批判するし、大事に扱ってくれない。
私だってケニーと同等に扱ってほしいわ!」

そして帰宅したオスカーも、予想通りドクター・ペッパー事件について話し始めた。
「ソーダぐらいで、まるで子どもみたいに騒いで。
クーラーの効いたオフィスに座っている人間が、炎天下で働いて汗水たらしてる人間に、
私も喉が乾いてる、とは何事だ。
また買いにいけばいいじゃないか!
だいたいお前たちはいつもそうだ。小さい事でガタガタ言って。」

ん?私も悪いの?

オスカーの説明によると、ソーダを取りにオフィスに行ったとき、
ステイシーが私と1時間もの長電話をしている最中だったというのだが、
私の携帯電話の着信記録ではステイシーが電話を掛けてきたのは
仕事の後、5時13分になっている。
つまりステイシーが長電話をしていたのが事実なら、その相手は私ではなかったのだが、
オスカーは彼女が私にソーダを取られた文句を言ってた、
さらには2人で1時間もオスカーの悪口を言っていたと思い込んでいるのだ。


さてさて。
シナリオの全容は以上である。

改めて、あなたならどうする?

あなたならどうする?

Aさんが冷蔵庫に入れていた缶ソーダを、BさんがCさんに差し出した。
Aさんは「まって!それは私のソーダ!」とBさんを止めた。
Bさんは「のどがかわいているCさんにあげなさい」と一蹴した。

AさんはCさんを特別扱いするBさんが気に入らない。
自分だってのどがかわいているし、許可も得ずにCさんに渡してしまうとはどういうことだ!と腹を立てた。
Aさんの言い分:
「Cさんはいたれりつくせりなのに、自分は犠牲にされている。皆、平等に扱ってほしい」

Bさんはソーダくらいでガタガタ言うな、と呆れると同時に、これまた腹を立てた。
Bさんの言い分:
「自分がのどがかわいているから、という理由で人にやらないのは身勝手で幼稚な態度だ。
ソーダくらい、また買ってくればいいではないか」


さて。
このシナリオを読んで、あなたはどう思うだろうか。
もしAさんとBさんがそれぞれ、あなたに「どう思う?!」とあなたに意見を求めて来たら
どう答えるだろうか。


さらに。
この登場人物の背景を付け足したらどうなるだろうか。
もしAさん雇用者でBさんが雇用主であったら?
もしAさんが妻でBさんが夫であったら?
Aさんが女性でBさんが男性だったら?
Aさんはアメリカ人、Bさんはイラン人だったら?
Bさんが年上だったら?
また逆の場合はどうか?

ひらがな

息子たちは、ひらがなを練習している。

習得のコツは毎日やることと、興味を持つことだと思う。
以前からひらがなを教えたいとは思っていたけれど、
日々の中にどういう風に「あいうえお」登場させればいいのか、
練習をどう組み込めば興味を持ってくれるか、
なかなか難しい。
日本語の本は小さい頃から読み聞かせはしてきたが、文字は覚えていない。
かるたも楽しくやっていたが、文字ではなく絵を覚えてしまう。
日々の中でひらがなを「使わない」という点が、何より一番やっかいなのだ。

長男は日本で育っていれば、4月から1年生の年齢となった。
ありがたいことに、ちょうどタイミングよく
「教科書を読む会」へ、お誘いがかかった。
この街在住の日本人お母さんが子どもたちを6人ほど集めて、
毎週日曜日に1時間半ほど指導してくださるという。
日本の新学期に合わせたように、4月の第一週から始まった。

子ども達が声を合わせて日本語の教科書を読む。
仲間がいると励みになり、また競争意識も芽生えたりと、色々な効果がある。
「音読カード」を頂いたので、自宅で教科書を読む練習をする。
今の所、それほど嫌がらずに練習をしている長男。
長男の音読を聞いて、それを暗記している次男。

もっとも物欲的な長男には
「日本語の読み書きができるようになったら好きなものを買ってあげるよ」
と言ってあるので、それを餌にせっつく事もある。
「ウーパールーパーがいい!」
「あ!やっぱり日本刀がいい」
「ヒーラー・モンスターは毒があるけど、それでも買えるの?」
とご褒美選定の方が忙しい長男。
それでもだんだんひらがなを認識できるようになってきた。

毎週土曜日、片道2時間かけて日本語補習校に通っておられる、
見上げた方々もいらっしゃるのだが、
我が家は当面「教科書を読む会」を基盤に頑張ってみようと思う。
そこにフロリダ母ちゃんの奥義を加えれば、なんとか日本語の読み書きも習得できるのではないだろうか?

例えば・・・
hiragana cookies
奥義 その1 『読めたら食べられるクッキー』

道場通い

今週の月曜日から、長男は道場に毎日通っている。

今までは、火・木曜日に少林寺流空手を1時間づつ習っていた。
金曜日の自由参加の空手クラスは参加したり、しなかったりだった。
数週間前に先生から8月に全米大会がある、と聞いて以来、
俄然やる気を出して、毎週金曜日のクラスも欠かさずに行くようになった。
参加人数が少ないので、先生に型をみっちりと教えてもらえるのだ。
言わば大会に向けての練習日だ。

そしてさらに、月・水曜日に柔術を習いたい、と言い始めた。
長男が通う道場で教えているのはブラジリアン柔術だ。
素人の私にとってはレスリングに似ているように見えるのだが、
やっている人には全く違うものなのかもしれない。
もっとも私の柔術知識と言えば、映画『東京ゾンビ』を観たことがあるくらいだ。
好きな俳優、浅野忠信さんが演じているのでどうしてもかっこよく見えてしまい、
そこから入った私は、柔術に対する公平な判断が下しにくい。
映画のワン・シーンで、柔術にこだわり続ける主人公(浅野忠信さん)に、
「柔術なんて地味で誰も喜ばない。もっと派手な投げ技やパンチで戦え!」
とアドバイスする人がいる。
たしかに的を得た発言ではある。
マットの上でゴロゴロ、技をかけるのもゴソゴソ。
観衆を沸き立たせるようなスポーツではない。
だが妄想家の私などは、学校の砂場でいじめっ子に組み敷かれた長男が、
スルスルッ寝技をかけて締め上げているシーンがまざまざと脳裏に浮かぶ。
う~ん、しぶい勝ち方。


長男は一度、空手道場を辞めている。
辞めさせてしまっていいものか、でも上手になって来たのにもったいない、
などと私がウジウジ迷っていた時、母に
「それは親の欲だ」とスッパリ言われた。
ガツーン!と来た。
その時、彼の人生は彼が決めるんだ、と痛感した。
やるもやらぬも、長男次第。

空手道場を辞めた長男は、半年のブランクを経て
「またやりたい」と言い、空手道場に復活した。
それ以来、もうすぐ1年が経つ。
今、大会という明確な目標を前に、燃えに燃えているようだ。

という訳で週5日の道場通いが始まった。
今年の夏は空手の夏になりそうだ。
長男は「早く腹筋が6つに割れないかなぁ」と言いながら、
日々自分のまぁるいお腹をさすっている。

8月27日のカリフォルニア大会に向けて やるぞー!

いちじく

fig1
車屋のオフィスの前に旦那が植えた、いちじくの木。
今年は文字通り「すずなり」になっている。
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毎日数個づつ、熟した実がぽつり、ぽつり。
それを競争して探し、真っ先に口にほうばるのが旦那と息子たちの楽しみだ。
fig3
このオフィス前の小さな果樹園を、
私は密かに「マジック・ガーデン」と呼んでいる。
果物の皮や腐ってしまったものなどは、そのままポイッ!と
この茂みの下に投げ捨てている。
それが幸いしているのか、木々がものすごい勢いで大きくなるのだ。
fig4
オフィスがいちじくの木で覆われている。

このいちじくはまだ寒いくらいの時期に実を付け始める。
葉が出るより早く、ごく小さい実がなるのだ。
旦那いわく、そういう種類らしい。
今年は実の進みが少し速い気がするが、もう少しすると
取りきれないほど、次々に熟してくるはずだ。
これを獲ってしまっても、フロリダの長~い夏の後半には、
もう一度実がなって、第2群の収穫もできる。

いつもなら夏はイランか日本に1ヶ月は出掛けるので、
ちょうど実が熟すピーク時に、私達はここにいない。
今年は今のところ旅行の予定がないので、もしかしたら
毎日たらふく、いちじくを食べられるかもしれない。

tangelin
余談だが、このタンジェリン(みかんの一種)の木などは、
投げ捨てた種が勝手に発芽して、ぐんぐん大きくなった。
そして2年ほど前から実をつけるようになった。
まだ数えるほどしか実がつかないが、味は悪くない。

色んなものを投げ捨てると、そのまま肥やしとなり、
種から成長して木となり、実をつける。
これは、完全オーガニック?

nature sanctuary
そしてここは「自然保護区」でもある。

桃狩り

土曜日は久々に恵みの雨が降った!
乾いていた草木も、みずくれをサボれる私も大喜び!
なんてふざけた事を言っていたら、雷ガンガンの嵐になってしまった。

嵐が過ぎ去った翌日。
日曜日はものすごく気持ちがいい日だった。
全てが瑞々しく、空気も澄んでいる。
そして気温がグッと下がって涼しい。
フロリダご自慢の太陽と青空の下、清々しい気分で一杯だ。


こんな日は家でグタグダしているのがもったいない。
家族4人に、仲良しのゾラさんを加えたメンバーで隣町まで出かけた。
目的地は、うちの車屋によく来る中米出身のオズワルドさん宅。
数日前に彼が持ってきてくれた桃が、とてもおいしく感動していたら、
「まだまだいっぱいなっているからいつでも獲りにおいで」と言ってくれたのだ。

peaches2
桃と言っても、日本の桃よりずっと小さく、あんずくらいのサイズだ。
一口かじると香りがよく、甘みもある。

peaches
私は少々固めの、シャクシャクとした食感のものが好き。
完熟で柔らかくなると果肉がオレンジ色になってくる。
だんなはそういうトロけそうな完熟が好きなようだ。

スーパーなどに売っているものはオズワルドさんのピーチに比べると
もう一回りくらい大きく、見た目は素晴らしい。
だが、ハズレる確率が高く、まったく味がしないものもよくある。
オズワルドさんのピーチは、それとは大違いのジューシーさだ。

peaches4
この木のピーチがうまい!
と旦那が号令をかけ、皆が群がってどんどん獲ったので、
この木にはピーチがなくなってしまった。
ああだ、こうだ、と好き勝手な味評論をしながら、
ピーチを口に放り込んだり、箱に入れたり、大忙し。


オズワルドさんは木の農場のマネージャーだ。
農場や牧場に住み込みで働く中南米人が、フロリダには沢山いる。
広大な土地にずらりと並んだもみの木(クリスマス用だろう)や
サルスベリなどの庭木が延々と続く農場の一角に、
彼らが住むトレイラー・ハウスがある。
ピーチの木は、その目の前に8本ほど植えられていた。
桃狩り用にしては規模が小さいし、
果樹を売っているわけでもなさそうで、
やはりここの住人用に違いない。
オズワルドさんが植えたのか、農場の持ち主が植えたのか。
よくわからないが、とにかくうまいのだから、なんだっていいや。


しかし、オズワルドさんはどこだろう?
そういえば日曜日だから、教会に行っているに違いない。
今頃お祈りの真っ最中なのだろう。
どうりで何度電話しても出ないわけだ。

ピーチの木陰で妙にテンションの上がったイラン人2人が
「ハレルーヤ!」「ハレルーヤ!」と連呼しつつ、
ピーチをどんどんもぎ取っていく。


ん?
これって、ピーチ泥棒?

peaches
泥棒、激写!!

続・かえるのうた

かえるのうたは続いた。

6匹のかえるを見つけてからは、夜になると複数のうたが聞こえるようになった。
でも合唱ではなく、一匹が「リーーーーー」とうたい、
次の一匹が「りーーーーーー」とうたい、
まるでコンテストのように順番にうたうのだ。
どのうたが一番魅力的か、メスがえるでない私には判定しにくいのだが、
一匹だけでうたっていた時より、ますます張り切って声高らかにうたっているのはわかる。

そっと池を覗きに行くとこんなふうになっていた。
frog
2匹づつがペアになっている。
しかもずっとくっついて離れないのだ。

さらによく見ると池の片隅におびただしい数の卵が産み付けられていた。
frog eggs
この写真ではわかりにくいが、長い卵の列がつながっている。
ちょうど噴水装置のコードの上に産んでいたので、
コードを持ち上げて写真を撮ったら、麺を持ち上げたような写真になってしまった。


その後、旦那が驚きのニュースを持って来た。
庭で飼っている子犬が、かえるの脚をくわえていた、というのだ。
兄弟犬と取り合いになり、ケンカをしていたらしい。
犬たちはおそらく、肉食獣の様に食べるために襲いかかったわけではなく、
動くかえるがもの珍しくておもちゃにしたのだろう。
池やその周りに生き物が集まってくるのを期待するのなら、
犬が入れないような柵を作ってやらなければならない様だ。

繁殖期が終わったのか、それとも犬達に狩られてしまったのか、
今夜はもう、かえるのうたが聴こえてこない。

それにしても我が家の庭は、まるで野生の王国ではないか。
産んで生まれて、
狩って狩られて、
めくるめく生命の誕生と終わりが繰り返されている。


野生の王国と言えば、自営業の車屋オフィス前も見逃せないスポットだ。
なぜならある昼下がりに、こんな光景が見られるのだから。

よーく見ていただきたい。
snake1
わかるかな?

分かりにくい方には、全身ショットをもう一枚。
snake2

かえるのうた

2晩前から夜な夜な、かえるのうたが聴こえてくるようになった。
ベッドルームの窓の外は、自作の池が2つ並んでいて、
どうやらそこにかえるが来たらしい。

「来た」という表現は正しくない。
実は先日行われた地元の『日本人会・春の交流会』で、
会場になったアパートのプールサイドにピョンピョン跳ねていたかえるを、
旦那と長男が拉致して、我が家に連れてきたのだった。
あのかえるが、こんなマラソン・シンガーであるとは
旦那も長男も予想していなかったに違いない。

あまがえるの「ケロケロ」というのでもなく、
「ゲロゲロ」でも
「ガーガー」でもない。
高い音で「リーーーーーーー」と長く一声鳴き、
しばらく間を置いてまた「リーーーーーーーーー」とやるのだ。


池を作って以来、カメを投入したり、金魚を放流したり、
色々とやってきたけれど、どれもうまくいかなかった。
それにも関わらず、
「次はサラマンダーを入れたい、おたまじゃくしをいれたい」などと、
次から次へとアイディアを出す長男に、
私は少々うんざりして言った。
「池を本当に住みやすい環境にすれば、かえるでもサラマンダーでもなんでも来るよ。
自分から来たら住みつくだろうけど、買って来たら怖がって
放した瞬間に逃げちゃうよ。」

新しいペットを買わないための言い逃れ半分、だったのだが、
どうやらいい具合に「賢いかぁちゃんの名言」となってくれたようだ。

井戸水を溜めたからよかったのか、
植物を入れたのがよかったのか、
拉致されたかえるは池を気に入ってくれた。

しかし、よく鳴くかえるなのだ。
かえるが鳴くのはメスを呼んでいるからだ。
よく響く声で、本当に一晩中、しつこく呼びに呼んでいる。
あまりに呼び続けるので、我が旦那などは不憫に思ったのか、
「明日になったら、もっとかえるを探してきてやろう」と言い始めた。


朝になり、長男が起きても、かえるはまだ鳴き続けていた。
シンガーの姿を一目見てやろうと、外へ飛び出していく長男。
「あー!かえるが交尾してるー!」

急いで池に駆けつけると、なんとかえるが6匹もいる!
粘り強い求愛の歌に誘われて、メスがぞくぞくと押し寄せてきていたのだ。
(パッと見ではメスかオスか、わからないのだけれど。)

言うまでもなく、長男は大喜びである。
おたまじゃくしが産まれるぞー!
かえるがいっぱいでてくるぞー!
と期待を膨らませている。

我が家が『かえる屋敷』になってしまうのも、そう遠くない、かもしれない。

うへぇ~!

なわとび

長男が通っている空手教室で、なわとびを買った。
防具や道場の名前入りグッズの隣に並んでいたなわとびロープ。
何がそんなに特別なのかわからないが12ドルもした。

早速なわとびを始める長男。
すると先生もなわとびを始めた。
イーライ先生(二十歳の若先生)のお手並みは大したもので、
ひゅんひゅんと音も威勢がよければ、
その独特なステップも軽快さがある。
ジェイソン先生もアミールに手ほどきしながら、
だんだん自分の技術をアピールし始め、
交差とびを自慢げにご披露してくれた。

いつも思うのだが、アメリカの男性は子供の様に
「見て見て!」と全身でアピールしてくる。
空手の先生でさえ、そんな風だから、
なんとなく可愛げがあって、ついニヤニヤしてしまう。
確かに速くてカッコよくみえるが・・・言っても、なわとびである。


そういえば、小学生の頃には毎年「なわとび大会」なるものがあった。
全員が同時になわとびを始めて、ひっかかった人から座っていく。
百回を過ぎてもビュンビュン二重とびができる同級生もいた。

「あやとび」「交差とび」「二重とび」などなど、
ずっと忘れていた、懐かしい言葉が次々浮かんでくる。
日本の小学生はある程度、なわとびができるのではないだろうか?
色々な飛び方も一通り知っていて、上手な子どもは沢山とべる。

若先生は体力づくりに、我流でなわとびをやってきたからだろうが、
後ろとびもできない、と言う。
えー?!(と内心思うが、ただニコニコ)


さて。
自宅に帰ってから、長男は張り切ってなわとびの練習を始めた。
まだ手首を使った回し方がわからず、腕全体で回している。
張り切りすぎて足もバタバタ、走っているようなカッコウになっている。

どれどれ、母がお手本を見せてあげよう。
と普通の前とびをしたら、長男の驚くこと、驚くこと。
なんだ、母はなわとびもできないと思っていたのか!?
あまり驚いた歓声を上げるので、別の部屋で遊んでいた次男まで
母のなわとびを見に走ってきた。

20年ぶり(!)になわとび。
調子に乗って二重とび!!
フフン、母も捨てたモンじゃないだろう。


長男は8月の空手トーナメントに出場したいと言っている。
よし、なわとびで体力づくりだ。

『さかなの海をつくろう』

東日本大地震の被害を受けた、ふくしま海洋科学館「アクアマリンふくしま」。
その復活を応援するプロジェクト『さかなの海をつくろう』のことを知った。

このプロジェクトが素晴らしいのは、参加資格が「子どもたち」であることだ。


次男は震災直後、テレビの映像を見、私の話を聞いて、
「日本には行きたくない。だって住むところも食べるものもないもん。」
としばらく言い続けた。
彼の中に、崩壊した日本の絵がしっかりと刻まれてしまったのだろう。


今、日本は復興という長く険しい道のりを歩き始めた。
しかし子どもにとって「復興」という言葉は抽象的すぎる。
何をどう立て直して、もとに戻すのか、
長い時間をかけて、人や場所が立ち直っていく過程を
言葉で説明してもピンと来ないはず。
頭の中に浮かぶイメージが具体的であれば具体的なほど、分かりやすいはずだ。
そして「応援したい」という気持ちを持つこと、
それを行動に移すことは大事だ。

また、次男の中の「日本像」が、瓦礫の山で静止しているのもいけない。
取り戻したい家を、街を、
みんなが遊びにいける水族館を、
魚の住める場所を、
綺麗な海を。
目指すゴールは、具体的であれば具体的なほどいい。

「地震で壊れてしまった水族館をきれいにして、直しているんだって。
それを応援するために、絵を描いてね!」

海の生き物が大好きな我が息子たち。
張り切ってこのプロジェクトに取り組んでくれた。
「日本全国の子ども達に描いてほしい」とサイトにはあるが、
フロリダからだって応援したいんだ!
そんな気持ちを込めて、3枚づつ描いた子どもたち。

sakana drawing

色んな海の生き物が描かれた葉書が沢山集って、
大きくてカラフルな海の絵ができたら、
それはそれは壮観だろう。