いってきます

子ども達の新学期が始まったばかりなのだが、
我が家のバケーションはこれから始まる。

この夏、文句一つ言わずに週六日、道場に通い続けた長男の、
初めての空手大会が、いよいよ明日に迫ったのだ。

1週間くらい前から「ちょっとナーバスだ(緊張する)なぁ」とつぶやいている長男。
空手の型は、練習すれば練習するほど、気を配ることが増えていき、
「小さいときはもっと上手にできてたと思ったのに・・・」
という彼の言葉は、ものすごく的を得ているなぁ、と感じる。
指先からつま先までの全神経を集中させ、
思い通りに、絶妙のタイミングで動かす、
という至難の業を極めようと言うのだ。
簡単なはずはない。
完璧を目指して、不完璧な自分を何度も何度も確かめる。
それを真摯に続ける長男を見ていると、
彼を子ども扱いしたり、私が何か助言する、なんてことは
到底できない、という心境だ。

私は平然を装いながら送迎トラックの運転手を務め、
しかし心の中では
「誰も病気になるなぁー!」
「怪我だけはしてくれるなぁー!」
「ハリケーンよ、フロリダに来るなぁー!!」
と、絶叫に近い祈りを捧げている。
私の祈りのおかげか否か、
集団生活が始まったばかりでも子ども達は体調を崩さず、
長男は練習中の怪我もなく、
ハリケーンはフロリダ半島の東側にそれてくれた。
あぁ、ありがたい。


夕方、家族4人でカリフォルニアに向けて飛び立つ。
明日はサンタ・モニカビーチの会場に、
全米、そして中南米各国から、同じ流派の空手家が集う。

大会を終えた翌日にはシアトルに飛び、
お祝いがてら、アラスカへ1週間のクルーズ船旅行に出掛ける。
今はまだ、心の中に『大会』という大きな文字が聳え立っていて、
その向こう側にあるアラスカの事はあまり考えられないのだが、
大会が終わった瞬間、バケーション気分が一気に高まるだろう。

それでは、いってきます。

2011年 新学期

秋学期が新学期であるアメリカ。
我が郡の公立学校は今日8月22日が初日であった。

今年は長男がファースト・グレード。
1年生だが義務教育はキンダーガートンからなので、2年生の様な気分だ。

そして4歳半の次男はプリ・スクールへ。
彼の人生で初めての集団生活が始まった。

長男の送り迎えはベテランな次男は、2歳の頃から
「僕も学校に行きたいよー!」とベソをかいていたくらいだ。

母親の私にとっても、一人目の長男の時は何でも初めてだったので、
気持ちが張りつめていたけれど、
次男の時は勝手知ったり、と余裕がある。


しかし子どもはそれぞれ、どんな反応をするか、わからないものだ。


新学期の3日前、オリエンテーションに出かけた私と次男。
教室へ行くと、先生がクレヨンと画用紙を用意して待っていた。
子ども達がバスケットを作っている間に、親は別室で説明を聞く段取りだった。
先生が優しく誘ってくれ、小さな椅子を引いてくれた。

ここで次男は予想外の抵抗を見せた。
私の太ももに両腕をガッチリまわし、ピッタリと身を寄せた切り離れようとしない。
なだめても、説明しても、せかしても、ダメだ。
仕方がないので大人の説明会に次男を連れて参加。
退屈そうにしていたが、最後まで我慢してくれた。

家に帰ってからも父親にどうだったか訊かれて、
「イヤだった」「つまんなかった」
などと言っていた。

そして迎えた登校初日。
次男は落ち着いた様子で、すんなりと席に着き、
準備されていた塗り絵を始めてくれた。
お迎えは父親がいい、とハッキリ言うので、
ゆびきりげんまんとキスをして、サッと教室を出た。

母親の私は寂しさと、
あり得ないトラブル(次男が学校から逃げ出すかも)の妄想と、
誇らしい気分とでいっぱいだった。
子どもがいないオフィスがひっそりとしていて不思議だ。
私もこの生活に慣れるまで、しばらく時間がかかるだろう。

ご指名された父親に「迎えに行ってあげてね」と言うと、
「(次男)と約束したからな」と自慢げ。
旦那は次男の出発前、大声ではしゃいで盛り上げていた。
長男の時よりも、ずっと気にかけている風だ。
やっぱり下の子はいつまでもかわいくて仕方がないのかも。

帰って来た次男は「雪だるま作った」「本を2冊読んだ」などと、
色々と説明してくれた。
たった3時間だけど、長く感じられたそうだ。

長男は1年間通った学校生活がよみがえった様子で、
すでに余裕たっぷりだ。


どちらにとっても、
楽しく、実り多き学校生活でありますように。

レモンドロップメロン

日本人は『食』への探究心が旺盛だと思う。

「東の外れ」と呼ばれた小さな島国でありながら、
世界各国の料理が食べられてしまう。
東京や大阪だけでなく、地方都市でも色々な国の料理店が軒を並べているから驚く。
アメリカでもニューヨークなどに行けば話は別だろうが、
私の住んでいる様な田舎町では、本格派のフランス料理店など、まずお目にかかれない。

日本人はグルメ思考というのだろうか。
有名なお店や噂のお店と聞けば、
何ヶ月も前から予約を入れてかかったり、 
かなりの距離でも足を運ぶ人が沢山いる。
食にかける情熱が平均的に高いのだ。


そう思うようになったのは、イランを訪問してからだ。
私の見た限りなので、間違っているかもしれないが、
少なくとも旦那の親戚や知人は、食に対してとても保守的だ。

初めてアメリカを訪れた義弟は私が作る日本料理に怪訝そうな表情をし、
黒い醤油が豆からできている、という言葉に納得せず、
エビを料理した日には、文字通りテーブルから後ずさりする始末。

荒野育ちの旦那の家庭では、魚介類が食卓に載らなかったのだろうが、
エビをゲテモノ料理扱いされたのにはびっくりしてしまった。
もちろんイランでもカスピ海やペルシャ湾の側で育った人々は、
新鮮な魚介類を食べているだろうから、義弟の様な反応はしないはずだ。

旦那のいとこ(50代女性)が2週間滞在した際には、
毎日卵とシリアルしか食べなかった。
「健康を意識した食生活を心がけてるから、イランでもこんなカンジよ」
と言っていたが、あれも怪しい。
ファーストフード店でフィッシュサンドを買って食べていたり、
毎日1度は甘いものを食べていた彼女を見て、
ただ単に私の料理が恐ろしくて食べないのかも、という疑いが消えなかった。
しかし、ここまで来ると偏食としか呼べない。

イランでは食の選択肢が限られていると感じた。
旦那の親類に連日ご招待を受けて、おいしい家庭料理をごちそうになれるのはいい。
しかし「今日は外食といくか」と出かけた先でメニューを広げると、
毎日食べている家庭料理がずらりと並んでいるだけ。
レストランで「いもの煮っころがし」や「味噌汁」を注文するようなものだ。

その他にはカバーブ、ピザ、ハンバーガーやフライドチキンのあるファーストフード店。
それくらいしか見かけなかった。
「日本食のお店に行ったことがある友人がいる」と聞いてかすかな希望を抱いても、
よく聞くと中華料理で、その人は場所を知らないとか。
「何が食べたいの?」と聞かれて「カレー」と言うと、
カレーが何か、をひとしきり説明させられたあと、
「あぁ、インド人が食べてるのか。そういうレストランもあるって聞いたけど」
と曖昧な返答をされたきり、けっきょく食べず終いとか。

イランは島国でもなく、歴史の長い国であるのに、なぜこうも単一な食文化なのか。
度重なる侵略と戦争で、土地だけでなく食文化に至るまでも
保守的姿勢が貫かれているのだろうか?

それが悪い、と言いたい訳ではない。
しかしイランの食事情を垣間見てから、日本という小さな島国の食文化を見返すと、
その豊かなバラエティと、色々なものを食べたいという心意気は
評価に値するものだ、と思えてならないのだ。


そんな背景をふまえて、やっと本日の本題。

先日、旦那が店頭で『レモンドロップ』という商品名のメロンを見つけた。
「メロンの甘さにレモンの後味」なんてフレーズが書かれている。

食に保守的なはずの旦那はどうしたか、と言えば、
なんと3つもカートに入れている。
「おいしくなかったらどうするの?」
私の言葉にも耳を貸さずに、大玉スイカ4個とともにガッチリ購入。

さて、自宅に帰った旦那が真っ先にしたことは『レモンドロップ』入刀。
外側は薄緑に少し黄色がかっていて、なんとなくレモンを連想させるが、
割ってみると普通の青肉メロンの見た目だ。
旦那が口に入れて、
「んー!これは!違う!んー!かわった味だ!んー!悪くないぞ!」
あっという間に半分ほどを一人でたいらげ、私たちにも切り分けてくれた。

口に入れると、最初にするメロンの香りと食感は普通なのに、
次の瞬間、酸味のパンチ!
なんだこりゃ?

酸っぱいもの好きなフロリダ娘だが、
舌が、脳が、期待していた味と違うので、食べるたびに違和感がある。
これはこれでおいしいのだが。

初めて食べた『レモンドロップ』を、旦那はかなり気に入ったようで
あっという間になくなってしまって残念そうだった。
次に巡り会ってしまったら、カートに1台買い込んできそうだ。
(その時は、今度こそ写真を撮ろう!)

好き嫌いなし、
何でも食べる自信あり、の私。
しかし、くだものに関しては旦那の方が探究心旺盛かもしれない。

The Help

この夏、読んだ本の中で、心に残った一冊をご紹介したい。

the help
            『The Help』 Kathryn Stockett

舞台は60年代のアメリカ、ミシシッピー州の小さな町。
黒人差別がはびこるディープ・サウス(南部)では、
トイレ、店、水飲み場、居住区域までが 白人用/黒人用 に分けられていた時代。

白人の家で働く黒人のお手伝い(ヘルプ)という視点から、
この時代に生きる人々の声を、丁寧に書き込んだノベルだ。

本作は3人の女性によって語られていくのだが、
その中でもヘルプとして働く黒人女性エイビリーンの言葉は、私の心をグッと掴んだ。
ヘルプは家事一切を任せられ、家庭に子どもがいればベビーシッターも兼任する。
エイビリーンは白人の子ども達を何人も育てて来たベテランで、
その一人ひとりを我が子の様に愛し、かわいがる。

物語が語られる時点では、マエ・モーブリーという1歳の女の子の世話をしていて、
二人はとても強い絆で結ばれている。
マエ・モーブリーの母親は子どもとの接し方がわからない。
自分の服作りに没頭したり、友達との電話に忙しかったりで、
側にやってくる娘が邪魔で仕方がない。
母親らしいことは何もしない反面、
子どもの失敗を見つけて、体罰を与えるのだけは一丁前。
お尻や脚、そして気持ちまでも打ちひしがれているマエ・ボーブリーを抱きしめて、
「あなたはいい子。あなたはお利口。あなたは特別。あなたは素晴らしい。」
と繰り返しいいかせてあげるのは、エイビリーンだ。

彼女の子どもとの接し方、そして愛情にあふれた目線は、私の心を熱くする。
子どもが一番必要としているものは、彼女の様に全神経を傾けて、
見守ってくれる存在なのだ。

このほとばしる愛は、本を読み進めば読み進むほど、感動を深くする。
エイビリーンが背負っているもの、生きている時代背景を知れば知るほど、
彼女の愛はどこから来るのだろう、と思わずにいられない。

押しつぶされそうな状況下で、
もし私だったらエイビリーンの様に、たゆみない愛を注ぎ続けられるだろうか?

この愛に満ちた存在は、小説の中だけではなかった。
60年代、実際に黒人のヘルプに育てられ、彼女達との温かい記憶を持つ人々が、
この本に触発されて彼女達を探したり、手紙を送ったりしているという。
なんて、なんて、すてきなことだろう。


一人一人の心の中には、そんなかけがえのない存在としての黒人女性達がいるのに、
60年代の社会では、黒人が当然のように差別され、
それを取り締まる法律が沢山存在していた。

この物語は、そんなジレンマから生まれた勇気ある声を軸として、
スリリングな展開を繰り広げ、読み出すと止まらなくなる。
あらすじは詳しく書かないが、
ドラマチックであり、ユーモアにも満ち、
登場人物の思いがじんわりと心にしみ込んで来て、
本の表紙の色のような温かい気持ちになる。


原作と同名で、早くも映画化されている本作は、
全米で興行収入第一位に輝いたばかり。
映画の出来も期待できそうだ。
日本では原作がまだ出版されていないようなので、
もしかすると映画の方が早く海を渡ってしまうかもしれない。


愛と希望に触れられる逸作。
特別な本が一冊、我が本棚に加わった。



思いがけないお客様

前回のブログでご紹介した、軒先のナイト・ブルーミング・ジャスミンは、
その香りで私をうっとりさせてくれるだけではなかった。

数日前から、夕暮れ時になると何かがこの低木の周りを飛び回っている。
窓から見ていた我が家の面々は、興味津々で次々に外へ。

羽ばたきがよく見えないくらい早く動く羽。
長くチューブ状になった花から蜜を吸う様子。
あっちへ こっちへ 飛び回ってよく見えないが・・・

Hummingbird! ハチドリだ!


フロリダにはハチドリが沢山やってくるので、軒先にフィーダーを吊るし、
シロップを与えながらハチドリ観賞を楽しむ人が沢山いる。

涼しくなり始める頃を見計らって、このフィーダーを外してあげないと、
いつまでもシロップを吸って居座っていたハチドリが、
南へと渡り遅れて、寒さで死んでしまったりするらしい。


それにしても思っていたより小さいね、と旦那と話し合った。
旦那は鳥好きで、ハトやカナリアを飼っているのだが、
ハチドリにも釘付けになった様子で、夕暮れ時は連日、
窓辺に座って彼らが飛び回るのを見ている。

今年の日本は自然災害が続き、自然の脅威を見せ付けられることとなった。
無慈悲だ、残酷だ、と思いながら、被害の映像を見ている私達は、
日ごろ絶え間なく受けている自然の恩恵までも、忘れてしまいそうになる。

小さな体で花から花へ飛び回るこの生き物の訪問は、私を元気付けてくれ、
そして何か、大きな、豊かなものを、心に甦らせてくれた。

ハチドリくん、ありがとう!
ナイト・ブルーミング・ジャスミンの花が散ってしまうまで、どうぞご満喫あれ!




と、話がキレイにまとまった所でシックリ終わりそうでいて、
そうはいかないのが『フロリダ娘』。

本日、「アメリカのおじいちゃん、おばあちゃん」として慕っている老夫婦宅を
久々に訪れた時のこと。
車から降りると真っ先に目に飛び込んできたのは、
玄関前に吊るされたフィーダーからシロップを飲んでいるハチドリだった。
羽の部分は青く、腹側は白っぽく、まさに絵に描いたようなハチドリ。

その姿を見て、旦那と語り合っていた「こんなに小さいんだね、ハチドリって」
という言葉が頭の中で再び響く。
うちに来るハチドリは小さくて、色も茶色っぽい。
違う種類なのだろうか。

なんとも引っ掛かって、心具合がよろしくないので、夜な夜な検索してみた。
するとなんと!
いたのである。


我が家の玄関先で繰り広げられるのと同じ光景。

この映像に寄せられたコメントから、ようやくその正体が発覚。
『Hummingbird Moth』
そう、『ガ』だったのだ。

属名がHummingbird Mothとなっている所から察するに、
彼らの姿を見てハチドリと思い込んだのは、私達だけではないらしい。

実際に、この動画の投稿主はコメントに書かれた「それはガだよ」という
親切な指摘が全く受け入れられない様子で、
「あれはどう見ても『ガ』なんかじゃなかったわ。
ハチドリのベビーだったわ。
私の手のすぐ傍を飛び回って、とてもかわいかったのよ」
と返答している。

素直な私は「ようやく合点がいった」というところだ。

それにしても・・・にくいヤツ。
私のお話をオチで終わらせてしまうとは。

香り立つ花

我が家の玄関前にはナイト・ブルーミング・ジャスミンが植えられている。
引っ越してきてすぐに植え、今年で3度目の開花だ。
名前の通り、夜になると小さな白い花が開き、なんとも濃厚な香りをふりまく。
ジャスミン茶の香りと似ているけど、なんだか違う。
もっと妖艶で、酔いそうなほどの芳香。


芳香と言えば、園芸農家である我が実家で育てている、芳香水仙・ジョンキルを思い出す。
あの水仙も、小さな花から強烈な香りを放つ。
春先の出荷時には、ビニールハウス中がジョンキルの香りに満ちていたものだ。

そのジョンキル水仙や他の球根を畑で育てている両親は、
夏のこの時期になると、炎天下の畑を掘り返し、
土の中から球根を拾い集める作業をする。

ところが今年は、8月始めの新潟・福島豪雨の影響で、
氾濫した信濃川の増水で、畑が全て川底にもぐってしまった。
川水は2日目に引いたが、土が乾くまで球根堀りができないそうだ。
腐ってしまっていないことを祈るばかりだ。

我が実家の被害は小さいほうで、近隣の園芸農家には、
鉢植えの高級品種を並べていた人や、
ビニールハウスや農耕器具が流されてしまった人もいるらしい。
夏野菜もみんな、泥に覆われてダメになってしまったそうだ。

何年も丹精こめて育ててきた花木や、
毎日手入れをして、ようやく食べごろになった野菜たち。
農家の人々は、それはそれはガッカリしているに違いない。


家の中にいてもガラス越しに漂ってくる、
ナイト・ブルーミング・ジャスミンの香りに浸りながら、
生まれ育った信濃川を、故郷の人々を思っていた。


そこへ訪ねて来たお客様。
彼らのおかげで、私の気持ちはパッと明るくなった。

それが誰かは、また次回。