アクソロートル

wooper
(長男撮影)

長男の誕生日プレゼントとして我が家にやって来たアクソロートル。
(日本語ではアホロートルとスパニッシュ発音で表記されるが、
英語の発音は「アクソロートル」なので、あえてそう表記する。)
その正体は、なかなか興味深い。

サンショウウオ科で、成熟期になってもエラを失わず、
一生を水の中で過ごす珍しいサラマンダー。
メキシコの湖に生息しているが、開発と水質汚染の影響で
野生では絶滅の危機に瀕している。

体の一部(脳や内臓も)を再生する、という特殊な能力があり、
多くの研究の対象とされているので、
研究室や愛好家の間で繁殖・飼育されているということだ。

axolotl1
長男が手に入れた2匹はワイルドタイプGFPという固体で、
クラゲのDNAを持ち、特殊なライトを当てると緑色に発色する。

axolotl3

アクソロートルは黒っぽいものからアルビノ種と呼ばれるピンクがかった白、
オレンジがかった白など、様々な色のバリエーションがある。
(日本のCMで有名になったのはピンク色だった。)


このアクソロートル、野生で標高が高めの湖に生息するため、
水温を低めに保たなければならない。
店員のお兄さんはエアコンを華氏70度(摂氏21度)に設定すれば大丈夫だと言う。
しかし一日中エアコンをつけっぱなしにしていては
電気料が大変なことになってしまうのは目に見えている。
そこで近くのペットショップに冷却装置を探しにでかけた。


我が家に最寄のペットショップに入ると、
「マイク」と名札をつけた、小太りのお兄さんが声を掛けてきた。
いくつか質問をするうち、マイクくんが
「何か特別なものを飼ってるの?」と訊いてきたので、
アクソロートルと言うと、突然、彼の表情がパッと明るくなった。
「やっぱり!冷却装置とか、砂とか言うから、そうじゃないかと思ったんだ!
僕もアクソロートル3匹飼ってるんだよ!!」

そういったかと思うと素早くポケットから携帯電話を出し、
アクソロートルの写真をご披露してくれた。
エンジンがかかってしまったマイクくん。
話し出したら止まらない。
あれこれとアドバイス、商品を薦め、挙句の果てには
「あれはここへ行けば買える、それはあの店が安い」などと、
ライバル店の宣伝を始めてしまった。
「何か訊きたいことがあったら、いつでもこの店に電話かけてきてよ!
『アクソロートルについて、マイクに質問がある』って言ってくれれば、
すぐに電話に出るからさ!」
どうやらアクソロートル熱に犯されているマニアックな人種は
あちこちに潜伏しているらしい。

そのマイクくんによれば、我が家の10ガロン水槽は、
2匹を入れるには小さすぎるのだと言う。
ワイルドタイプはアクソロートルの中でも一番凶暴な種類で
(あまり凶暴な動物とは思えないのだが)
まだ小さいながらも、いつ喧嘩を始めてもおかしくないそうだ。
20~30ガロンの水槽に、できるだけ早く入れたほうがいい、と言われ、
長男はソワソワしだした。

冷却装置は400ドルほどもするらしく、これまたマイクくんのアドバイスで
扇風機を水面に向けて設置すれば、水温を5度くらい下げられるとのこと。
それでもやはり、エアコンは75度くらいに保つべきだ、と言う。

たった2匹の小さな生物のために、
一日中エアコンをつけっぱなしにするのはどうか。
かと言って冷却装置に400ドルの出費は痛い。
さらに水槽(と十分な大きさの浄水装置、その他もろもろ)を探す羽目になり、
なんだか我が家はテンヤワンヤである。

現段階ではエアコンの設定温度をどのくらいまで上げると、
水温が高くなりすぎるか、を見極めるために、
一日に数回家に戻って水槽をチェックしている。
水温が高くなったら、氷を放り込んだり、扇風機を『強』にしたり。

極めつけはエサだ。
マイクくん曰く、冷凍の小エビもいいけど、
アクソロートルに一番いいのは『トラウト・ワーム』だと言う。
釣りに使うミミズらしいのだが、
そのままでは大きすぎるので、
生きたままはさみで切り(!!)、
大型ピンセットでアクソロートルの口元に差し出してやる、
と言うのだ。
真面目に説明を聞いて、ピンセットも買い揃えた長男は、
「ミミズ、自分で切るから、早く買いに行こうよ」と、やる気満々なのだが。


気がつけばまた、面倒を見る生き物が増えてしまった。
皆の興奮が冷めた頃に、尻拭い役になるのは母親の私だ。
数ヵ月後には無表情でミミズをちょん切っている自分が、
容易に想像できてしまうから、なんだかハメられた気分だ。

こんにゃろーーー!とは思うものの、
私にできる報復はあまりない。
「こんなに大変なんだったら、もう一人赤ちゃん産みたいーーー!!」
と絶叫して、男3人をシラーッとさせるのが関の山である。
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長男の誕生日

先週末の誕生日で、長男が7歳になった。
ハラキリでヘロヘロになりながら生んだあの赤ん坊が、もう7歳か。
信じがたい思いである。

その長男、毎年恒例の誕生日パーティーを頑として拒否した。
「お金がもったいないし、おもちゃのプレゼントももういらないよ」
などとマセた台詞を口にする。
彼の心は、もう決まっているのだ。

口を開けば「アクソロートル、アクソロートル」、
ご執心なその相手とは、『メキシカン・サラマンダー』。
1985年に日清やきそばU.F.OのCMで一躍有名になった『ウーパールーパー』、
と言うと、記憶の片隅に残っている人もいるのではないか。

今年始め、長男行きつけの爬虫類ショップの水槽に、
10匹近くのアクソロートルが出現した。
以来、長男は足しげく通い続け、その成長を見守ってきた。
あまりに熱をあげているので、旦那が「誕生日に買ってやる」と言ったが最後。
彼はこの日が来るのを待ちに待っていたのだ。

誕生日の一週間前から空っぽの水槽をせっせと掃除し、
水を入れ、コンディショナーを足し、準備を始めた長男。
友人のステイシーがプレゼントとして買ってくれた浄水フィルターも
「早めにください」と催促して、あとは主役到着を待つばかり。

誕生日前夜の夕食で、旦那が唐突に言い出した。
「1匹75ドルなんて、バカ高い値段で売ってるから、
誰も買わなくて、全然減らないじゃないか。
2匹で100ドルにまけろ!って値切って、
オス・メス一匹づつ買ってこい。」
10年以上つきあっていて、自分の妻が小心者だとまだ気づいていないのか?

交渉に全く自信がない私に、救世主登場。
毎年、気前良くプレゼントを買ってくれるゾラおばさんが
「私が買ってあげるわよ」と言うので、
「いやいや、値切ってくれればそれだけでもありがたいから」と、
同行してもらった。

深く考えずに爬虫類ショップに足を踏み入れたゾラさんは、
大嫌いな蛇に囲まれて、本物の冷や汗をダラダラ流していた。
そんな時に限って、店員が箱から大蛇を取り出していたりする。
自分の腕よりも太い蛇と格闘し、手首に噛み付かれているお兄さんを見て、
「忙しそうだから、ちょっと後できましょ!」と、
ついにゾラさんが音を上げ、店の外へ飛び出した。
ガラス越しに様子を伺う我々一行。
やがて見た目はフツーのおばさんが意気揚々と、
大蛇の入った箱を2つ運び去った所で、改めて入店。

蛇にかなりの心的外傷を与えられたにも関わらず、
ゾラさんはイラン人魂を存分に発揮してくれた。
「隣の店(熱帯魚ショップ)で今訊いて来たら、
来週の火曜日にアクソロートルを仕入れて、
38ドルで売るって言ってわよ。
でも、子どもが待ちきれないって言うの。
2匹で100ドルにまけてくれるなら、今買うけど。」
と見事な戦略でアッサリ値切らせたのだった。

一見いかつい店員は、実は2人ともアクソロートル・マニアだった。
嬉々として自分の携帯を取り出し「これ、俺の施設」と
水槽がズラリと並んだ写真を見せてくれたり、
まだ性別を判断するのが難しい、と言いながらも、
「これは頭が大きいからオスだと思う」などと長男に説明しながら、
ゾッコン振りを披露してくれた。

長男にとって、忘れがたい7歳の誕生日になったことは確かだ。
ひょうきんな顔をしたアクソロートルたちは、この後も、
なかなかのドタバタ劇を引き起こすことになるのだが、
そのお話は、また次回。

勝つためならば

日曜日。
お昼過ぎに家族で海に出掛けた。
片道2時間弱の道のり、
お気に入りの音楽を聴きながらのドライブ。

行きの車の中で、長男の空手大会の話から、
勝ち・負けについて熱く語ることとなった。

旦那は学生の頃からラケットポールに熱中し、
現在も週3回のペースで仲間と汗を流している。
学生時代は大学内や、州の大会の常連だったそうで、
トロフィーも沢山あるが、負ける悔しさも数知れず味わってきた。

彼の逸話の一つとして、もう耳だこができるほど聞いた話。
カンザス州大会の決勝戦。
イヤミで嫌いな対戦相手と1点差で負けそうになっていた。
勝負はこの一球にかかっている。
旦那はゴムボールをそっと汗で濡らし、力いっぱいサーブした。
ボールはスキッドして高く上がらず、見事なサービスエースが決まった。
そして旦那は優勝した、という話である。

これを聞いて、私はどうしても黙っていられない。
「でもそれって、ズルでしょ。
ズルしてまで勝ってもうれしくないでしょ?」
「いや、最高にうれしい」と旦那。
「たとえ勝っても、自分がズルしたってわかっていたら、
私だったら全然うれしくないし、
それは自分に負けたってことだよ。」
「そうだよ!勝ってもうれしくないよ!」と長男も合いの手を入れる。


ペルシャ語に「ザランギ」という言葉がある。
長い列に割り込むのに頭を働かせて、10人飛ばして前に出た、
本当はルール違反なのだけど、頓知を利かせてすり抜けた、
なんて時に、
「すごいなぁ」
「うまいこと、やるなぁ」
というニュアンスで使われる言葉である。

日本に初めて旦那を連れて行った時、
駅の自動改札にドドッと押し寄せる人波を見て彼は、
「あれだけの人ごみなら、お金を払わなくても簡単に出てこられるだろう」
と、早速「ザランギ」を働かせていた。

私が思いもつかないような、きわどい方法を思いついて、
言い逃れたり、割引を受けたりすることもしばしばで、
「この人はどういう思考回路をしているのか」と思わずにいられない。
しかしそれは悪のあるものではなく、おもわずニヤリとしてしまうような、
可愛げのあるズル、いや、「ザランギ」なのだ。
ボールにつけた汗、しかり。


そんな旦那と付き合っていて、
自分のガチガチな真っ直ぐさを意識するようになった。
「自分の」というより、日本人の気質と言っていい気がする。
「間違ったこと」や「ズル」を嫌い、
常にルールに従い、
誰にもわからない部分であっても、
良心の呵責が誘惑にブレーキをかける。
そういった「道徳心」「正義感」がとても強いのだ。

今年3月に起きた大地震・津波の後、
世界中のメディアがそろって褒め称えたのは、
日本人の品行方正さと秩序だった。
アメリカで同規模の大災害が起きれば、
人々は奪い合い、殺しあってでも
自分の食料や生活用品を確保していたのではないか。

日本でも殺人があり、カンニングがあり、割り込みがある。
しかし殆どの人間が、良心の定規を片手に、
時に「クソ」がつくほどまじめに生きている。
そんな母国が誇らしく、
忘れてはいけない「日本人らしさ」だと思う。


「ザランギ」を利かせてアクロバティックに生きる父と、
「クソ真面目」を美徳とする母を持つ息子たち。

さて、どんな人間に育つのか。

アラスカクルーズ 5

クルーズの旅、最後の港はカナダ、ブリティッシュコロンビア州のビクトリア。

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街を散策するための乗り放題バス券を購入した。
夕方6時に到着し、天気と気温を心配していたが、
船から降りてみるといい天気。

バスで10分ほどでダウンタウンに到着。
事前情報を集めていなかったので、その美しい町並みに、
思わず「わぁ!」っと声をあげてしまった。
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有名なのは間違いないエンプレスホテル前
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その脇のバラ園もとても素敵だった
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庭だけでなく、町のあちこちに植え込みの花壇があり、
寄せ植えされた鉢が街頭に吊るされている。
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町並みも新旧折衷、かわいらしいお店や、
ディスプレイを見ているたけでも楽しいショーウィンドウが立ち並ぶ。
が、同行はショッピングにまったく興味がない男3人。
最初から期待はしていなかったが、全くお店は覗けなかった。

ビクトリアには小さなチャイナ・タウンもあった。
china town
子ども達はプラスチックの剣を買ってもらって大喜び。

ダウンタウンを練り歩いて、美しいライトアップが始まった頃、
バスに乗って港に戻ってきた。
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港でも夕焼けがコバルトブルーに映える

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明日の朝にはシアトルの港に到着し、クルーズの旅もおしまいだ。

アラスカクルーズ 4

アラスカ2つ目の港はケチカン。

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この街では、クルーズ船内で予約した『自然保護区を歩くツアー』に参加した。
ガイドの若いお兄さんはアラスカ生まれ、アラスカ育ちで、
一日のスケジュールの中で、森の中を歩いている時間が一番長いという、
生粋のアラスカっ子だった。
出発前に「食べ物を持ち歩かない」「グループから外れて単独行動しない」などの注意があった。
この地区は黒熊の密集率がかなり高いらしく、
かなりの確率で野生の熊が見られると言う。

「それじゃあ・・・」と歩き始めるお兄さん。
彼に続いて森に入る人々はリラックスしきっているが、
私は内心、周りの茂みがゴソゴソいわないか、
死角からのっそりと熊があらわれないか、と気が気でなかった。

それでもフロリダとは違う植物が豊かな森のツアーは楽しかった。
私が一人、勝手に感動したのはこれ。
skunk cabagge
スカンク・キャベツ

子どもの頃大好きだった『エルマーのぼうけん』というシリーズに出てきた、
竜が食べていたスカンクキャベツ。
「いったいどんな植物なんだろう?!」と想像を膨らませたものだったが、
ついに本物が目の前に!
しかしながら、巨大な葉っぱはあまりおいしそうではない。
ガイドのお兄さんの話ではとても頑丈な葉で
アルミフォイル代わりにキャンプ料理に使える、とのこと。

長男のお気に入りはこれ。
banana slug
写真では少々わかりにくいが、10cmくらいの黄色いヤツは
その名も「バナナ・スラッグ」(ナメクジ)。
ナメさんが大の苦手である私。
写真を撮るにも腰が引けた。
さらに恐ろしい事に、ガイド兄さん情報では、
このナメさんのヌメヌメを
歯がはえてきてぐずる赤ちゃんの歯茎にヌリヌリしてあげると、
たちどころに泣き止むのだそうだ。
いやいやいやいや。
(気持ち悪すぎて言葉にならない。)
バナナ・スラッグ生息圏に生まれなくて良かったー!

tree
実は森林学が専門だった旦那は、興味津々、
ガイドのお兄ちゃんと意気投合して話していた。
その間も、私はひたすら周囲360度に視線を配り熊チェック!!

森を抜けると川に出た。
遊歩道が高くなっていて、歩きやすく、見晴らしもいい。
と!
遠くに熊発見!!
black bear

この川にも産卵に上ってきた鮭が沢山いて、
熊たちは冬眠前に日夜、鮭バッフェを楽しんでいるらしい。
どうやら人間を襲いそうもない、と悟ってようやく緊張が和らいだ。

隣接したリハビリセンターでは
rain deer 2
rain deer
トナカイに餌付け(レタスやキャベツの葉っぱ)をしたり、
保護されたフクロウやワシも見た。

totem pole
トーテムポールを作っている小屋も見学

おじさんは「ようこそ!」と差し出す手をトーテムポールにつけるため、
木材に下書きをしているところだった。
トーテムポールには色々な種類があって、
名誉、愛、歓迎、追悼などなど、
それぞれ意味が込められているのだそうだ。

比較的短時間で、歩く距離も短いツアーではあったが、
動物好きな子ども達、
森好きな旦那、
全員納得の内容だった。


現地の人からでなければ聞けない、面白い話も色々してもらった。

10月に入ると、アラスカでは風速70マイル以上の風が吹き荒れ、
戸外に出られない、長く厳しい冬がやってくる。
アラスカの雨は、夏は縦に降り、冬は横に降る。

肉が手に入りにくいアラスカでは、毎食の様に魚を食べ、
鮭などは飽きるほど。
ドックフードまでが鮭だそうだ。

釣りの話を始めたら止まらないガイドのお兄さん。

教師を辞めてバスの運転手兼ガイドをしているダンディーなおじさん。

みんなの顔が忘れられない。

アラスカクルーズ 3

クルーズ旅行もすでに4日目。
本日グレーシャー・ベイ国立公園に深く切り込んだ入り江を
クルーズ船上から楽しむ、という日だ。

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glacier bay1
両脇に迫る山並みが美しい

glacier
目の前に広がる氷河のパノラマ

glacier2
やっぱりド迫力!

あまりにスケールが大きいので感覚が狂ってしまうが、
船内放送によれば、この氷河は16階建てのビルと同じ高さだそうだ。
その氷河の一部分が、時々崩れ落ち、しばらくしてから
「ドドーーーン!」と雷の様な音が入り江に響き渡る。

glacier bay
流氷が浮かぶ緑色の入り江を、ゆっくりと進む船


昔からクジラを見るのが夢であった私は、
1度でいいからダイナミックに水上にジャンプしてくれることを願ったが、
やはりそこまで運はよくなかったようだ。
ただ海を進んでいる時には、吹き上がった潮を何度も見ることができた。

mountain

憧れのクジラにはお目にかかれなかったが、
やはり雪をかぶった山の姿、
緑や紅葉の入り混じった山並みを見ていると、
心が洗われる様だった。

そして、思い出だすのは日本の山と海。
遠くアラスカから、故郷に思いを馳せる。

アラスカクルーズ 2

アラスカ1つ目の港はスカグウェー。

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観光しか産業がないという小さな町で、
クルーズ船から降りた観光客で混みあっていた。

salmon
街の中を流れる小川には鮭が沢山上ってきていて、
産卵を終えた母鮭の死体があちこちにあった。
泳いでいるものも体が黒ずんでいて、今にも息絶えそうな風貌。
あぁ、かわいそうに、とは思いながらも、
クルーズ船内では毎朝、朝食に並ぶスモークサーモンを
熊並みに貪り食っていた浅ましいフロリダ娘。


各港では色々なツアーが用意されていて、
クルーズ会社のウェブサイト、または船に乗ってからでも予約ができる。
私たちは事前に予約しておいたホワイト・パス・ユーコン・レールロードという汽車に乗った。
train
1898年に金を運ぶための列車としてデビューしたこの汽車は、
3000メートルほどを1時間半かけて登る。
inside train

fall color
山の植物は少し紅葉が始まっていた。
glacier
山頂に氷河が見える。
bridge
遠くに見える橋・・・渡るのが怖い

「はいもうひとつ橋を渡りますよー」
broken bridge

broken bridge
「なーんてね!」(笑)

お兄さん、アラスカン・ジョークはよしてよ・・・。


山頂までもう少し、という所で前を走っていた汽車の調子が悪くなり、
(これもジョークかと思ったが本当だった)
レスキューに行って来る、と我々が乗っていた汽車が、
客車を切り離して行ってしまう、というトラブルがあった。
待つ事約30分。
無事に汽車が戻ってきた。

ホッとした所で、同じルートを戻る。
ゆっくりと進むので、子ども達には少々退屈顔。

もう少し活動的なツアーを予約するべきだったかな、と思ったが
アクティブなラフティング、サイクリング、ジップラインなどは
年齢制限、身長・体重制限などがあり、
4歳の次男は参加できるツアーが限られてしまうので仕方がない。

晴天に恵まれ、日差しも温かかったが、やはりアラスカ。
船に戻る頃には少々寒くなり、次男は鼻をグズグズやりだした。
体調を崩さないでくれるといいのだけど・・・。
ship behind
船に戻る前に石を物色する子どもたち。

アラスカクルーズ 1

空手大会の翌日。
早朝、慌しくロサンゼルスを後にし、飛行機で一路シアトルへ。

デルタ航空のマイレージが貯まるクレジットカードを、
せっせと使ったのが功を奏して、
今回の旅はフロリダ~ロサンゼルス~シアトル~フロリダの航空券を、
全て貯まっていたマイレージで予約できた。

しかもロサンゼルス~シアトル間がなぜかアラスカ航空のファーストクラス。
空港ではファーストクラス専用のゆったりとくつろげるラウンジで
なかなか豪華な朝食と、目の前でダイナミックに着陸する飛行機を満喫。
飛行機に乗ると、座席はエコノミーと大して変わらないが、
飲み物がグラスで出てきたり、機内の朝食もお皿に美しく盛り付けられて来たり。
そんなことだけでドキドキしてしまう貧乏くさい自分を感じながら
無事にシアトルに到着。

空港から港まではタクシーで移動。
私たちが今回乗るのはノルウェージアン・クルーズ・ライン
このクルーズラインは「フリースタイル」が宣伝文句で、
船内のアクティビティ、港での過ごし方も自由、
レストランやバッフェが13種類用意されていて、
こちらも自由に選べる、というのが売りだ。
服装も我々を含んだカジュアルな人種から、
ドレッシーに決めて連日フォトグラファーの前でポーズを決める人もいる。
本当にフリーな雰囲気だった。

予約した時点では3つの港に立ち寄る予定だったのだが、
船の整備のためシアトルに1晩停泊しなければならず、
2日目に立ち寄るはずの港、ジューノを素通りすることになってしまった。

仕方がないので最初の2日間は船内を満喫。
party
出航パーティー
shaffleboard
海を見ながらシャッフルボードというゲームを楽しむ
submaline
遠くに潜水艦が
theather
船内の劇場はなかなか立派
gym
運動場ではバスケットボール、サッカー、バレーボールなどができる
rock climbing
長男はロッククライミングに初挑戦!

毎日色々なアクティビティーやショーがあり、
船の中でも暇にならないように配慮されている。

私のお気に入りは図書室。
library
なんと日本語の本がズラリと並んだ棚があり、
一週間の船旅で4冊ほど読むことができた。

でもやっぱり、だんだん陸が恋しくなってくる。
スカグウェーに到着するのが待ち遠しい。

空手大会

少林寺流空手道錬心館パンアメリカン大会は
カリフォルニア州サンタモニカで開催された。

会場となったサンタモニカ・ハイスクールの体育館は
濃紫の幕と宗家2世代のモノクロ写真が飾られ、
高く晴れ渡ったアメリカ西海岸の空気を忘れ去ってしまうほど、
渋く重々しい雰囲気に満ちていた。
karate tonament


選手集合時間は朝8時。
たった3時間しかベッドで眠れなかったにも関わらず、長男の寝起きはよく、
シャワーを浴びて軽い朝食をすませ、飄々としていた。

宗家が入場し、場の空気がいっそう引き締まったところで開会式。
opening ceremony

日本からは沢山の師範、黒帯の先輩方が海を渡ってこられていた。
参加メンバーもパナマ、プエルトリコ、ドミニカ共和国、
アメリカ国内ではカリフォルニア、メンフィス、フロリダ。
宗家の激励スピーチ、先輩による演舞などがあり、
とうとう試合が始まった。

型の部は年齢別に分けられ、長男は5~6歳の部に出場。
夏の間、みっちりと4つの型を練習していった長男だが、
このグループでは一番基本的な型を、
レフリー(と呼んでいいのか?)の「いち!に!さん!」という掛け声に合わせて
動く形式になっていた。

一人、二人、と勝ち抜いて決勝戦。

堂々の1位!
金メダルをもらった!!

2階の観客席に戻ってきた長男に「おめでとう!」と声を掛け、
どうだったか、感想を訊いてみると・・・
「小さい子どもと一緒にやらされた。」
いや、あなたの年齢グループでしたが?

普段練習しているのが少々年上の子ども達だったので、
彼の中では同年代が「子ども」に写るらしい。
7歳の誕生日まであと1ヶ月だったから、
7~9歳の部に参加させるべきだったのだろうか?

その7~9歳の部では先輩のエヴィン君が堂々の2位だった。
長男が日頃からお世話になっている先生陣も出場し、
型の部で金、銀、銅メダルを勝ち取り、
組手の部でも銀メダル、と、フロリダチームとしても
なかなか優秀な成績を修めた。

画面右、赤ひもが長男の先生。

大会に初出場を果たし、すべての経験が尊いものだったが、
その中でも金メダルと同じくらいうれしいことがもう一つ。
それは宗家にお会いできたことだ。
先生の奥様が、長男と私を宗家の席までわざわざ連れて行ってくれ、
紹介してくださったのだ。

宗家はとても温かい笑顔で長男に
「なかなかいい型だったね」
とお声を掛けて下さった。
握手をしてもらい、一緒に写真を撮って頂いた長男。

後になって彼は、
「宗家の手、あったかかったなぁ」と何度か言っていた。
私もまったく同感で、握手をした手から伝わる、
温度だけではない「あたたかい」エネルギーに驚いて、
とても印象に残った。
長男と二人、本当に強い人は優しいよねぇ、としみじみ語り合った。

長男よ、
強く、優しく、大きく育て!

ただいま

昨晩、というか今朝、無事にフロリダに戻ってきた。

旅の内容は写真と共に色々とご紹介していきたいと思うが、
今日は「ただいま」の更新。


それにしても我が町の小さな飛行場は近くて便利だが、
経由地のアトランタとの連絡も含めて、
予定通り飛んでいる飛行機はあるのか?
と言いたいくらい、見事に遅れてくれる。

カリフォルニアに向かう日は、
18:30に出発し、到着予定時刻が23:50のはずが、
結局ホテルに到着したのは明朝3:00を回っていた。

帰りの飛行機もやはりアトランタで遅れ、
23:22到着のはずが1:40の到着。
田舎町の深夜でタクシーが来ない、というトラブルもあり、
自宅に到着は2:00を過ぎていた。

旦那は始終ブーブー言い続け、
「これだから田舎のドンくさい飛行場は困る!」
とお怒りだった。

しかし最寄の大きな空港までは車で2時間ほどかかる。
その運転時間と労力を考えると、
やはりローカル飛行場の方が便利だと思えてしまうのだ。


旅の愚痴はこれくらいなもので、
明日からは楽しい旅日記をボチボチと綴っていこう。