10月のスパート

昔、いとこのKちゃん宅に空き巣が入ったことがある。
家の中を荒らして、貴重品を探した形跡があり、
警察を呼んで指紋や現場検証が行われた。

Kちゃんの部屋の扉を開けた警察官は
「お!ここもだいぶ荒らされていますね!」と意気込んだが、
Kちゃんの母(叔母)は
「いえ、ここは娘が散らかしているだけです」と
赤面しながら警察官を止めたと言う。


今、我が家はKちゃんも警察官もビックリの大荒れ模様である。

仕事が休みの金・土曜はお掃除にあてているのだが、
先週末から何かと忙しく、掃除に手が回らない。
洗濯物を回し、乾燥機から取り出したホカホカの衣類を
ドバッ!とリビングの床に放り投げる。
時間のある時に少しづつたたんで、積み上げる。

服が縮小ビルディング、
その隙間を逃げ惑うおもちゃたち、
コンスタントに襲い来るゴジラ2頭。
『大怪獣総攻撃!』撮影後のジオラマも顔負けだろう。


先週末は土・日曜とも、地元のアジアン・フェスティバルで、
ボランティアの日本人グループのお手伝いで、
「福島こども募金」への募金活動を行っていた。

参加者の皆さんが手作りされた
おにぎり、どらやき、抹茶クッキーやパウンドケーキは
かなりの好評を博していた。
書道の上手な方、
和風小物や素敵な箸袋を手作りして出品された方、
そして地元にお住まいの女性アーティスト かなさんも、
ポストカードや小さなプリントを出展されていた。
充実したブースには、沢山の人が訪れてくれ、
募金と売り上げを合わせると1300ドル以上集ったそうだ。

私はスクラップブック用の紙を使って、
ギフトボックスを折って行った。
box
ハロウィーン仕様と
box2
クリスマス仕様

この折り方は、お友達のひろこさんからもらった箱を
真似して作ったもので、
作り始めたら、はまってしまった。


募金活動が終わって、慌てて始めたのが、
ハロウィーン用のコスチューム作り。
今年は長男がウーパールーパー、
次男がクラゲになりたいとのこと。
どちらも既製品は皆無だ。

次男のクラゲは、
お友達に教えてもらったウェブサイトを参考にした。
何でも喜ぶ次男の性格のおかげで、
わりと素早く出来上がった。

しかし、長男のウーパールーパーはそう簡単にはいかない。
リアルさを追求する長男の目は厳しく、
参考になる様なコスチュームの画像も作り方も全く見つけられない。
テキトー母ちゃんの想像力の限界を試される時が来てしまった。

昼間はオフィスの店番をしながら手でチクチク縫い、
家に帰ってから大きな部分をミシンでダダッと縫う。
「サッカーしようよぉ」と長男がノンキな声を出せば
「あんたのために作ってんでしょうがぁ!!」と切れ、
プリプリしてしまって、後で反省。
あっという間にまた1週間が過ぎようとしている。


10月よ、早く過ぎ去れ。

空き巣に見せるのも恥ずかしい様な家同様、
フロリダ娘の胸中も、少なからず荒れ模様である。

コメント よろしくお願いします!

「どうやってコメントしたらいいの?」
というお問い合わせを頂きました。

ブログの終わりにある "Comments" という青い文字をクリック。
開いたページの下の方に、コメントを書き込む欄が現れます。

実名でなくてもまったくかまわないので、
(私にだけはわかるようなニックネームだと◎)
ぜひぜひコメントお願いします。


励みになりますので!

弁当の動画

弁当作りの動画の中でも、気になる存在を発見した。



日本のお料理番組を彷彿とさせる動画だが、
キッチンの清潔さ、
料理する女性の手際の良さ、
程よくまとめる編集の巧さ、
どれをとっても二重丸だ。

この動画チャンネル、
その名も Cooking with Dog
"How to make Japanese dishes"と副題にある通り、
このチャンネルでは日本の代表的な家庭料理の作り方を紹介している。
日本から長く離れて暮らしている私などにとっては
たまらないメニューがズラリと並ぶ。

この動画の作者、お料理をする女性、
そしてフランシスと名乗る、司会役の犬については、
こちらのインタビューに詳しい。

日本でもNHKで紹介されたことがあるらしいので、
日本人視聴者によって再生された回数も多いのだろう。

それにしても『弁当の作り方』動画の再生回数の多いこと。
このブログを書いている時点で200万回近く再生されている。
続く『焼き豚ラーメン』が120万回、
他の動画の再生回数は、どれも6桁代だ。

この弁当に対する異常な関心はなんなのだろう?

動画に寄せられたコメントは7000以上。
「こんなお弁当を作ってくれる人なら、誰でもいいから結婚したい!」
「(料理人の女性に対して)僕のママになって!」
「毎朝こんな手間暇かけて作られたランチを食べている日本人は幸せだ」
などなど、弁当は羨望の的となっている。

なかには
「こんなランチを売ってる場所があったらいいのに」という書き込みもあった。
思えばアメリカには弁当屋がない。
日本の弁当チェーン店は、アメリカに進出しないのだろうか?
けっこう当たりそうな気がするのだが。


世に中には色々なビジネスチャンスがあるものだ。
日本人にとっては当たり前の弁当も、
他の国では最新鋭の健康ランチとしてヒットする気がしてならない。

だが、そこまで献身的に弁当に人生を傾ける情熱が、
いまいち足りない私には、
早朝に長男の弁当をこしらえることで精一杯だ。


誰か、弁当屋やらないかなー。
と、人任せな〆となってしまうズボラ丸出しフロリダ娘である。

弁当の大家

Youtube上の『弁当チャンネル』という妄想から、
弁当という分野について、ウェブ上の探検を始めた。

"Bento"というキーワードで検索してみるが、
私の期待しているような動画はあまりヒットしてこない。

代わりに素敵なウェブサイトに辿り着いた。


Makiさんという日本人女性が発信している
www.Justbento.comだ。

2007年に誕生したこのサイト。
実際のサンプル弁当やレシピが豊富なのはもちろんのこと、
英語での解説が丁寧でわかりやすく、
弁当を見たことも聞いた事もない人でも
基本から応用までを習得できる。

登場するお弁当たちは、
流行の『かわいい弁当』や『キャラ弁』ではなく、
栄養バランスといろどりの良さを念頭に置いた
『大人のお弁当』だ。
しかし典型的な日本のメニュー枠にとどまらず、
変り種の料理が入っていたりして、
世界各国の人々にインスピレーションを与えそうな内容になっている。
もちろん、日本人の私にも新鮮だ。

なるほど。
492000人の読者がいるのも納得できる。


Makiさんは生粋の日本人だが、日本で生活した期間より、
海外生活の方が長いそうだ。
アメリカやヨーロッパ各地で暮らしてこられた彼女は、
日本の食文化は世界一だ、と言い切る。

最近体調を崩してしまわれたらしいのだが、
ぜひぜひ全快し、お弁当作りに復帰して欲しい。
現在は彼女の指導の下、旦那様が「男弁当」を作っておられる。
これがまた、なかなかおいしそうなのだ。


さらに創作魂を刺激してくれたのが、
今年行われたというお弁当コンテストの作品たち。
(ページの下の方に、トップ10弁当がリストになっていて、
赤字の製作者名をクリックすると、それぞれの作品を見ることができる。)

入選作も素晴らしいが、Makiさん特選の個性派弁当たちがなんともいい味を出している。

日本人が持つ弁当という概念を覆してくれるような、
すごい面子揃いだ。


愛情と知恵・工夫が沢山詰まった『弁当』という文化を、
世界中の人達が分かち合っている。
なんだかやる気がわいてくる。
明日のお弁当も頑張るぞっ!

そして。
バーチャルな弁当の旅は も少しつづく

弁当

不景気が続くアメリカ。
職にあぶれた人々や、
株式市場にお怒りな国民による、
ウォール・ストリートでの座り込みを発端に、
全米各地でデモンストレーションが勃発している。


そんな折、ニュース番組で、
自宅から動画を発信して収入につなげた
3人の主婦が紹介されていた。

ある女性は、毎朝娘たちにしてあげる髪の結い方
(みつ編み、編みこみ、おだんご など)を紹介した。
2人目は、自宅の台所でパーティー料理などを作り、
それを旦那さんが撮影して人気を博した。
3人目はなんと、わが街に住む女性で、
裁縫やクラフトの数々を披露して注目を浴びた。

3人とも自分の趣味や特技を活かし、
その動画をYoutube.comにアップロードしたところ、
Youtube側からオファーがあり、
現在は広告料でかなりの収入を得ているらしい。


こういう話を聞くと、ソワソワしてしまう性分のフロリダ娘。
私も何かできないだろうか?

そこでふと思いついたのが、お弁当だ。

「お弁当があると、お昼の時間が楽しみなんだ!」
という長男の言葉に励まされて、
なんとか続いている毎朝のお弁当作り。

簡単な作り方を1つづつ紹介し、
ヘルシーで経済的、という点をアピールしながら
動画にしてみたらどうだろうか?

しかしこれは、かなりの時間と労力を要する。
企画から撮影、編集やウェブ上へのアップなど、
フルタイム・ジョブになるだろう。
そしてアクターとして登場するには、
人間的魅力がなければならないだろう。

あぁ、金儲けはそう簡単じゃあない。
思いついても、それを現実化する実行力と、
継続するスタミナが必要とされる訳なんだなぁ。
しかも料理が得意でない私が、弁当ビジネスに付き合いきれるのか?!


ひとしきり勝手に盛り上がってから、少し冷静になって考える。

しかし待てよ?
お弁当という分野が開拓されていないはずがない!

そう思って調べてみると、やはり、
その道の大家がいらっしゃったのである。

つづく

日本語学習 低迷期

長男が『教科書を読む会』への行き渋りを始めた。
会に参加したくない、というよりは、
日本語学習へのやる気が、ぐんと減ってしまった様だ。

夏休みの間、毎日ひらがなを読み書きして、
一通り覚えたのだが、
ちょっと頑張らせすぎたのか。

「日本語の読み書きができるようになったら
ウーパールーパー買ってあげるよ」と言っていたのに、
誕生日に買ってもらったせいで、
彼の中で日本語を学ぶメリットがなくなってしまったのか。


1年生の教科書はそろそろ『下』に入る。
すると突然、どんどん漢字が登場し、
文章も長くなってくる。
まだカタカナにも手をつけていない長男は、
日本全国の小学1年生のペースに全くついていけない。

日本語は52個もアルファベットがあって、
それも2通りの書き方があって、
さらに漢字をどんどん覚えなければならない。
と、父親に説明する長男。
そう言われてみれば、日本語とはなんと複雑な言語だろう。

それに比べて英語は、
26個のアルファベットを組み合わせていくのみ。
難しい単語=アルファベットが多い
という単純明快な学びやすい言語だ。
公用語になるのもうなずける。

幼稚園児でひらがなを読み書きできる子は珍しくないから、
カタカナや漢字がどんどん登場するこのペースでも、
じゅうぶんついていけるのだろうか。
1年生で落ちこぼれる、という話はあまり聞かない。
日本の学校教育に感心してしまう。


日本語に興味を持たせる方法を色々と考えてはいるのだが、
私のアイデア中枢も低迷期の様子。
う〜ん・・・


こんな時は「できないこと」「やっていないこと」ばかりに
目がいってしまいがちだ。
子ども達が「できること」「やっていること」に目を向けていれば、
いいアイデアがひらめいて、突破口が開けるかも知れない。

axo drawing
長男作 ウーパールーパー

tresure box
次男作 宝箱

おばあちゃん

10月2日の深夜、おばあちゃんが天国へ旅立った。
家族に看取られ、お通夜や告別式でも沢山の人に別れを惜しまれ、
霊柩車が通る道には人々が大勢立って、野送りしてくれたという。

「おら、世界で一番幸せらて」と、よく口にしたおばあちゃん。
喜びと感謝を常に忘れなかった彼女の人徳だろう。

80歳をすぎても自転車を乗り回し、
朝から夕方まで畑仕事をしていたおばあちゃん。
いつまでも元気で長生きしてくれるとばかり思っていたから、
もう会えないなんて、まるで実感がない。
海の彼方で暮らしているからなのだろう。
一緒に暮らしていた両親や末の弟は
おばあちゃんのいない家の中で、
日々、寂しさを感じるに違いない。

私は生まれてからの19年間、
祖父母、両親、姉弟4人と一つ屋根の下、
8人家族で育った。
賑やかな大家族の中でも、おばあちゃんは
絶妙なタイミングで冗談を言って笑わせたり、
私たちの話に、涙を流して大笑いしたり、
明るさの源の様な存在だった。

勝気で負けず嫌いな性格で、
県外の青空植木市に出店すると、
屋台を出しているヤクザと場所取り合戦をする勢いだった。
反面、人情深い人柄を慕われて、
遠方のお客さんから手紙が届いたりしていた。
桜並木の下でにこやかに、溌剌と花を売るおばあちゃん。
その姿を見るのが好きで、福島へ、山形へと、
くっついて行っては手伝った私だった。

飛行機の長旅を苦ともせず、空の上は最高だ、と言いながら、
アメリカにいる私を3度も訪ねてきてくれた。
私に子ども(おばあちゃんにとってはひ孫)が生まれてからは、
その一挙一動を讃え、成長過程を楽しみに見守ってくれた。
日本に里帰りすれば、長男と2人、
何時間も虫を追いかけ、
トカゲやカエルを素早く手づかみして、
長男の尊敬の眼差しを一身に浴びていた。

交通事故で足を骨折した時も、
回復するが早いか、野良仕事に戻ったおばあちゃん。
乳がんを2度克服し、
去年は脳梗塞の症状で入院したが、奇跡のように復活して退院した。

今年7月に入院して、突然に急性白血病と言い渡された時、
私も、家族も「おばあちゃんだったら克服できる」と、
どこかで期待していたと思う。
しかしおばあちゃん本人は、
「具合悪くなって、これで死ぬんかなぁ、と思ったけど、
不思議と怖くも、悲しもねかったなぁ。」
と病院のベッドの上で淡々と話してくれた。
しっかりしているおばあちゃんに、担当医は病名を告げた。
それでも最後まで希望を失わず、
「家に帰ったら、少しでも手伝いできればいいが。
飯番くらいはできるろ」と話していたそうだ。

最愛の伴侶であったおじいちゃんは
12年前に天国に逝ってしまったので、
今頃は飛行機よりももっと高い空の上の、
見晴らし最高の場所で、
再会を果たして喜んでいるに違いない。

おばあちゃんは一生を全力で、悔いなど全く残さずに
強く明るく生き切った。
そのせいか、死を嘆き悲しむ、というよりは、
あぁ、素晴らしい人生だったなぁ、
一分一秒たりとも、無駄にしなかったなぁ、
と、いう気分でいっぱいだ。
おばあちゃん自身もそう感じていると思う。

存在感の大きかったおばあちゃんがいなくなったと思うと、
残された者は寂しく、心細い。
けれど見上げた空の青さや、
昇ってくる太陽の暁や、
自然の美しさを目の当たりにする度に、
おばあちゃんの笑顔がまぶたに浮かぶ。
あちらこちらに、おばあちゃんを感じる。

そして自分の中の、
おばあちゃんに良く似た部分を見つけると、
あぁ、あの血が脈々と流れているんだなぁ、と
なんだか心強く感じられる。

なにより伝えたいのは「ありがとう」という言葉。
今までも、そしてこれからも。
おばあちゃんと喜びを分かち合いながら、
精一杯、彼女の様に人生を謳歌したいと思う。