スイートレモン

ドロドロの人間模様を描いたお目汚しのエントリーが続いてしまった。
下世話な吐露ブログになり下がって欲しくないので、今日はのんびり庭の風景でもご紹介したい。

そうそう、のんびりと...


庭で作業するオスカー

今年はスイートレモンが豊作すぎて枝がしな垂れ、果実が土に着いているほどだ。
土に着くと腐ってしまうのでバケツやプラ鉢を伏せて、それに載せている。

まだ着いてるよ、おじさん


スイートレモンは2012年に蜂蜜おじさんにもらった木を植え、
2013年にようやく1個実がついた。
去年は確かまずまずの数がなったけれど、なぜかパサパサして甘みもいまいちだった。
そして今年。
大きなスイートレモンが沢山実った。

誇らしげなオスカー

タンジェリンは去年より実の数こそ少な目だが、甘くてジューシー。
そこらへんで売っている物よりずっと美味しい。
通るたびにプチっともぎ取って食べているので、手が届く高さには実がなくなってきた。


種類の違う柑橘系の木が沢山植えてあるので、このタンジェリンがなくなってしまっても次が熟してくるのだからありがたい。


まだ青いタンジェリン


一番人気のチャイニーズ・ハニー・タンジェリン


長男がこの春植えたばかりの木も、数個づつ実をつけた。
大きくなるのが楽しみだ。

さて、スイートレモン。
普通のレモンと並べてみる。

左がスイートレモン、右が普通レモン

レモンが楕円なのに比べ、スイートレモンは丸っこい。

切ってみるとこんな感じ

きっと写真を見た途端、酸っぱいレモンの味が想像されてしまい、
口中に唾液が出てくる人もいるかもしれない。
だけどスイートレモンはとても甘くて香り高い。
いつか機会があったらぜひぜひ食べて頂きたい物の一つだ。

こうして日々、木の成長を楽しみ、実りの恩恵を食べて暮らしている。
なんて贅沢なことか!
年々オスカーの有り難味も増すというものだ。

移民家族 母娘はどこへ?

R側の一族からは、すっかり『黒幕』呼ばわりされているフロリダ娘。
彼ら曰く、全てのトラブルの原因は私にあるらしい。

こちらは無視を決め込んでいるものの、内心ライラしてしまうし、
また何か迷惑を掛けられるのではないかと不安が消えない。
なんだかんだ言って、Rに固執する私がいる。


10月下旬のある日、子供たちを学校に迎えに行った帰り道。
少し遠回りの道を運転していた私の目に、道端に立っているRの姿が飛び込んできた。
後姿だったが、なぜか「Rだ!」と、瞬時に察知した。
通り過ぎる瞬間に顔を確認した。
間違いない。
彼女はバス停に立っていた。
なぜ、こんな場所にいるのだろう?
Rのアパートからは遠く離れた場所だ。
我が家と自営業の車屋に近かったので、なんだか怖くなった。
その話をオスカーにしていた矢先、管理人のCさんから
「Rがアパートを出る」と、連絡が入ったのだった。

Cさんのアパートを出て、母娘はどこへ行くのだろう?
お金も残り少なくなっているはずだし、他に頼る人もいないだろうに。
まさかアパートを探していて、あのバス停に立っていたのだろうか?
ということは、また我が家の近くに住むつもりなのか?
ますます不安が募る。

そもそも私には、どうも合点がいかない点があった。
Rの動きは彼女独自の力でできる行動とは思えない。
2回の夫逮捕劇も、どうも誰かにアドバイスを仰いだらしい、
と疑っていたが、その後も素人らしからぬ動きを見せている。
9月末に、Mにイラン人の弁護士がつき、
仮釈放の申請が通るかもしれない、と聞いた矢先に、
Rが接見禁止の申し立てを裁判所に提出した。
そのせいで仮釈放の申請が却下されてしまった。
それまではMが出所してくる事に異存なし、と言っていたはずだった。
逮捕劇から1か月以上が経過してからの申し立て、
タイミング的に「なぜ今さら?」と思った。
Mに弁護士がついたと知っての防御策か?
仮釈放の申請をするであろう、と見越して先手を打ったのか?
いくら悪知恵が働くとはいえ、
来たばかりの異国の法に精通している風なのはどうしたことか?

そこで改めて、裁判所の公的記録をネットで検索した。
Rの申請した接見禁止の申し立ても、もちろん載っていた。
それを見て、はっとした。
Rも弁護士を立てている。
今度は、その女弁護士の名前を検索してみる。
すると彼女は家庭内暴力事件の専門家という事がわかった。
この女弁護士は大学の法学部で臨時講師をしているらしい。
彼女はこの法学部内に、家庭内暴力を受けた人が駆け込める
「クリニック」を設立したのだそうだ。
彼女は学生時代に、ある『家庭内暴力被害者の救済施設』で
ボランティアをしたことがきっかけで、
精力的に被害者の援助に力を注いでいると言う。

そこで私は気づいた。
『家庭内暴力被害者の救済施設』!
それが、あの日Rが立っていたバス停のすぐ目の前にあるではないか!
Rはそこに行っていたんだ!

全てのパズルのピースがはまった気がした。

Rはウェブ検索か、警官の紹介か、何らかの方法で、
家庭内暴力被害者救済団体と、
この弁護士が開設したクリニックを知ったのだろう。
クリニックは多方面からの援助金や寄付金で運営されており、
特に支払い能力のない被害者に、優先的にサービスを提供している。
クリニックの相談料はもちろん、弁護士料も全て無料になるのだ。
さらに救済団体に住居を世話してもらおう、と相談に行ったのだろう。
それらのサービスを受けるためのステップとして、
Mの接見禁止申し立てをしたのではないか。


Rは、いろいろなサービスを無料で受けられ「しめしめ」と思っているだろう。
女性にとって、なんて優しい国なんだ!と。
弁護士や救済団体から、経済的・社会的自立を促すアドバイスを受け、
「私は一人でもやっていけるわ!」と、
気持ちが盛り上がっているのではないだろうか?

オスカーは「いや、絶対に崖っぷちに立たされた気分に違いない」と言う。
ここまで堕ちる人間もそうそういない、と。
それも一理あるかもしれない。
現にRの父親が、つい最近も
「どうして俺のEメールに返事をくれないんだ?
Rは大変な状況で、援助を必要としてる。
助けてやってくれ!」
とEメールを送って寄越した。
Rが父親にSOSを送りまくっているのか?
もちろん私達は無視しているけれど。

もし本当に家庭内暴力被害者の援助施設に入っているとしたら、
Rの場合、その施設で問題を起こすのは目に見えている。
他の住人ともめるか、施設の管理人ともめるか、
はたまた弁護士を使うだけ使って、最後に牙をむく可能性もある。
オスカー曰く「自滅寸前」だ。


誤解してほしくない。
女性に対するセイフティー・ネットは重要だ。
抜け出せないと信じ込んでいた暴力のループから抜け出し、
新し人生を自分の手で切り開いていく手助けは必須だと思う。
そういった施設や団体がある事は素晴らしい。
しかしこの援助を受ける資格がRにあるのかどうかは、かなり疑問だ。

私が見た限り、Mは家庭内の実権を握っているようには到底見えなかったし、
手や言葉で伴侶を虐待し、コントロールしているような「凶暴さ」は全く感じられなかった。
家庭内暴力は陰湿に、陰で行われる事なのかもしれない。
しかし、そういう場合でも傍から見ていて
妻が夫を恐れているのが、何となくわかるのではないだろうか?
Rの横柄で支配的な態度を見る限り、夫を恐れる素振りは全くなかった。
むしろRの一にらみで黙るような夫、ビクビクしていたのはMであった。
他人の前や、外では妻に服従している夫が、
家の扉を閉めた途端、暴力を振るうという事もあるのだろうか?
私には想像しがたい。

いや、私の意見はどうでもいい。
もし本当にずっと家庭内暴力に苦しんできたのだとしたら、
Rはこの国で暴力夫を切り捨て、新しい生活を始めた。
それなら必死になって働き、娘たちを育ててほしい。
彼女のやり方でどこまで這い上がれるか、やってみろ、と言いたい。
プライドも過去の栄光もすべて捨てて、母親の底力を出せ!


いくら関係したくない、とは言っても、MとRがこの町にいて、
Rの父親、Mの姉や弁護士と、色々な人間から連絡が来る限り、
完全に繋がりを断ち切ることはできない。
「ある日突然、Rが家のドアの前に現れるのではないか?」と妄想してしまう。
息子が怪我をしたり、私達が追突事故にあったのも、
「Rが邪念を送っているからではないか?」と思い、
塩を撒いたり、体に擦りこんだりと、お清めの真似事までした。

ハッキリ言って、移民家族が来て以来、いい事がない。

いっそ『黒幕』になってしまおうか?
いやいや、私が手を汚す必要はない。
神によって、R自身のカルマによって、
いや、そんな崇高なレベルに求めずとも、
彼女の周りの人間が、然るべき事をするだろう。

フロリダ娘みたいな、分別ある人間ばかりじゃないんだよ。

ある移民家族 移住4か月後

悪名高い移民家族について前回書いたのは、8月半ば。
その時点では夫のMが逮捕され、
Rと娘2人と私達は全く連絡を取っていない状態であった。
以来何も書いていなかったので、その後落ち着いたのだと思っていた方が多いかもしれない。
しかし、そうではなかった。


Mは逮捕されて以来3か月間、ずっと塀の中にいる。
好きな時に好きなだけ電話を掛けられるシステムになっているのか、
ちょくちょくコレクト・コールの電話がかかってくる。
毎回15分の通話に15ドル支払っている。
さらに手紙も何度か届いてる。
彼には最初、パブリック・ディフェンダー(日本でいう国選弁護人の様なものだろう)がつき、
やがてイランにいるMの姉が見つけたイラン人の弁護士(フロリダ在住)がついた。
しかし裁判がなかなか進まず、Mは月1回ペースで法廷に呼び出され、
そして次の出頭日がその1カ月後に設定される、
という繰り返しで3か月以上が経過している。
弁護士やMの姉などが連絡してくるので、
オスカーは大体の状況を把握しているらしいのだが、
私はできる限り関係しないように努めている。


連絡が来るのはM側からだけではない。
Rの父親から何度もEメールや電話を受け取っている。
最初の頃は「娘を頼む」
「親友のお前だから恥を忍んで頼んでいる」
という内容だったのが、
Rがアパートの管理人とゴタゴタ(以下参照)を起こして以来、
怒りと叱責を含むメールに代わった。
一度は電話をかけてきて、オスカーに文句を言った挙句、
Rの姉か妹という女性に電話を替わり、
その女性もぎゃーぎゃーわめいてきたらしい。
普通の人間ならそんな態度をとった後には、もう連絡をしてこないと思うのだが、
どうやらRの家族は全員が非常識極まりない人達らしい。
その後もRの父親からのEメールは続き、
「(フロリダ娘)がRと私の孫娘たちを苦しめ続けている。
相当根深い恨みを持っていて、悪魔の様な女だ。
だけど親友のお前(オスカー)は、Rを助けてやってくれるだろう?」
という『フロリダ娘=悪の権化説』へと変化を遂げた。


この糾弾は少々行きすぎだが、身に覚えがない、と言えば嘘になる。
正直、Rを懲らしめてやりたい気持ちはあふれんばかり。
しかしこちらから近づく気はサラサラなく、むしろ絶対に関わりたくない。
そこでふと、思い至った。
そう言えば、彼女が持っている携帯電話は私名義で契約していた。
なぜ、彼女に私の名前を貸し続けなければいけないのか?
今後彼女がしでかすトラブルに巻き込まれないとも限らないではないか!

翌日(9月下旬)携帯電話会社の支店に行き、契約解除の手続きを済ませた。
その夜、オスカーの携帯電話はひっきりなしになり続けた。
Eメールも2通届いた。
もちろん、Rの父親からである。
「娘のライフラインともいえる携帯電話を切るなんて、
非人道的としか言いようがない。
友よ、あの悪魔の様な女(もちろん私)をどうにか説得してくれ。」と書いてある。
さらに彼はなんと、イランにいるオスカーの弟の所にまで押しかけて、
私がRに、どんなにひどい仕打ちをしているかを語って聞かせ、
どうにか助けてくれと頼んだらしい。
もちろん、こちらは完全無視である。

翌朝早く、携帯電話の支店から電話がかかってきた。
Rが来店していて、携帯を自分名義で契約したがっている、と言う。
電話口で、私は重ね重ね店員に確認した。
「今後その携帯電話で発生する料金、そして起こるすべての事は
私とは一切関係ないと約束してくれるんですね?
私は絶対に関わり合いたくないので。
もし未払いの今月分の請求額を全額、今その場で彼女が払ってくれれば、
携帯電話は彼女のものだし、彼女名義で契約することに異存はありません。」
これで私達とRとの関係は完全に切れた。


唯一の心残りはアパートであった。
オスカーの友人・Cさんが、ほぼ善意で貸してくれているので、
私は申し訳ないのと、心配で気が気でなかった。
Mの逮捕後も、家賃は支払っているが問題がないわけではない、と
オスカーから間接的に聞いていた。
しかしCさんも我慢の限界が来たのか、
とうとうRに退去命令を言い渡し、10月下旬、Rはアパートを出た。
そう報告しに来てくれたCさん本人に、ようやくRとのトラブルの全貌を聞かされた。

Cさんも私と同様、「彼女は完全に異常であり、恐ろしい危険人物だ」と言った。
私に対してキレたのと同じ様に、Cさんに対しても
Rが罵詈雑言を吐きまくった事が、3度ほどあったという。
挑発的な態度で、Cさんを怒らせようと思いつく限りの文句を並べたが、
Cさんは内心、「Mのようにはいかないぞ。」と努めて冷静沈着に対応したと言う。
もしCさんがカッとなって喧嘩にでもなっていたら、Rは間違いなく警察に通報し、
「暴力を振るわれた、襲われた」というだろうし、
母親が怖くてしかたない娘二人も、同じ証言をしたら、
無実を証明するのに相当の時間と労力を費やさなければならない。

実際、Rは言葉だけでなく、ほかの方法でもCさんを挑発し続けた。
ある日は
「冷蔵庫が壊れた。中に入っていた食べ物が全部ダメになった。
早く直せ。食べ物も弁償しろ。」とRが電話を掛けてきた。
Cさんがクーラーボックス持参で駆けつけると、
冷蔵庫の扉を留めるボルトが一つ外され、扉が傾いていた。
冷気が逃げ切って、冷蔵庫が壊れるまでフル稼働させていたのだろう。
もちろん、扉はRさんが外したとしか考えらない。
さらには食べ物など全くなく、冷蔵庫は空っぽだった。
別の日にはシンクが詰まったと連絡が入ったので行ってみると、
排水溝内のディスポーザー(生ごみを細かくして流す機械)が
全く機能しないほど、たばこの吸い殻と灰がガチガチに詰まっていた。
極めつけは、立ち退きが決まってから点検に行ったCさんが
壁の穴が開いているのに気づき、「なんだ、この穴は?」と尋ねると、
Rは「あぁ、それは(フロリダ娘)の息子が蹴って作った穴だ」と
言い放ったのだと言う。
Cさんも、後日それを聞いた私たちも、開いた口が塞がらなかった。

「Rはあのアパートを故意に破壊していた」と言うCさん。
台所も、バスルームのシンクも、わざと水を出しっぱなしにして
水浸しにしたとしか考えられないダメージがあるのだという。
カーペットはシミだらけ、家じゅうゴミの袋だらけ。
そんな状態のアパートでRは
「今まで払ったお金を全部返して!
そうでなければ出ていかない!」
とCさんに迫ったのだそうだ。

想像を絶する迷惑住人ぶりだが、私はこの話に非常に納得がいく。
すべての怒りの矛先を、アパートを破壊することに注いで、
彼女の中での精神の平行を保っていたのだろう。
その作業に没頭し、破壊による満足感のおかげで、
娘たちに危害が及ばなかった可能性も高い。
鬼の形相で、冷蔵庫の扉をギリギリと破壊している彼女の姿が
アリアリと見える様だ。

Cさんの話を聞いて、彼女がすんなり出て行ってくれて本当によかった!と心底思った。
アパートの修理についてCさんと話し合っていかなければならないが、
これ以上Cさんに迷惑が掛ける心配はなくなったわけだ。


Rと娘二人はどこへ行ったのか?
関わり合いたくない、と書いておいて、気にしているのはおかしいのだが、
やはり、気になってしまうのである。

そこで少しのリサーチをしたところ、またまた驚きの事実が浮かび上がってきた。

<つづく>

暗澹たる日々

ブログが2か月近く途絶えてしまった。

前回の更新日は9月6日。
その2日後に長男が空手の組手練習中に怪我をした。
頭を強く突かれ、首が後ろにのけぞった形となり、
転倒も、気絶もしなかったものの、
心配だったので救急センターに連れて行った。
そこで頸椎ねんざ、いわゆるムチウチの様なものと診断された。

その2日後。
帰宅途中、信号待ちをしていると後ろからガツン!と衝撃が。
追突事故であった。
子ども達二人と私が乗っていたピックアップトラックは、
後部のバンパーがだいぶ内側に押し込まれ、
ぶつかって来た中年男性の乗用車は、
前バンパーが壊れ、ラジエーターまでが損傷していた。
それほど強い衝撃とは感じなかったものの、
ダメージを見る限りそこそこ強く当たったらしいな・・・。
そんな風に思っていたのだが、
1週間、2週間と経つうちに、私の背中や首がおかしくなってきた。

この間、長男は首が痛いと言い続けた。
怪我の翌週と翌翌週には小児科へ行き、3週目には形成外科へも行った。
しかし安静にしろ、鎮痛剤を飲め、と言われて追い払われる。
フィジカル・セラピーに紹介状を書いてくれたけれど、
それも怪我後7週目になってようやく初回の予約が取れた。

4週目から私と息子揃って、週3回カイロプラクテックに通い始めた。
カイロプラクテックでは、首の骨が真っ直ぐになってしまっている事、
それによって神経が圧迫され、腕や指が正常に反応しなくなっている事など、
説明されて、毎回首と背中をガキッ!ゴリッ!と調整してもらう。
現在8週目に入る所で、ようやく通院が週2回に減った。

しかし長男は痛いと言い続ける。
痛みに対しては、アイスパックで冷やす以外特に指示がない状態。
なので鍼に連れて行くことにした。
私がいつも行く中国人の鍼師は運が悪く、長期旅行中だったので、
知人の紹介で別の鍼師にかかった。
長男は鍼を刺す、という事にかなりビビっていたが、
「今の首の痛さに比べたら何されてもいいでしょ?」と言うと
「うん」という返事が返って来た。
結果初めて行った鍼師は、まったく鍼が触れている事すら感じないほどの
マイルドな処置だった。
でもこの時まで、見るからに元気がなかった長男に、
少し笑顔が戻り、エネルギーが戻った様子だったので、
怪我の場所で滞っていた気が流れたのかな?と
素人なりに思っていた。

それでも痛みは毎日、常にあると言う長男。
そこで私がよく掛かっている中国人の女鍼師に連れて行った。
1軒目の鍼が全く痛くなかったので、こちらもすんなり行ってくれたのだが、
最初のカッピングから相当痛かったらしく、
その後背中、首、そして頭にまで鍼を刺されて、
1時間半治療をしてもらった。
後でブーブー文句を言われたものの、長男、よく頑張った。
そして「もう2回来なさい」と言われて、
嫌々ながらも毎回鍼治療を受けている長男。
それだけ首の痛みがつらいのだなぁ、と思う。

明日で長男の怪我以来、8週間が経つ。
私の首も完全に良くなったとは感じない。
肩こりの酷い感じと、首と背中に寝違えたような痛み、
そしてそれらから来る頭痛、腰痛、疲れ・・・
長男も言葉では「痛い」としか表現できないけれど、
それら様々な症状が重なって、とにかくつらいのだと思う。

活発な子どもが運動もできず、
「痛くなったら嫌だから」と外出もしたがらない。
学校の2泊3日のキャンプ、ハロウィーンなどの
楽しいはずのイベントも全部やらずにいる。
気分的に沈んでしまっているのはわかるので、
どうにか元気づけようと、こちらも言葉を選び、色々と策を練る。

1日、1日、辛抱の日々。