日本里帰り 覚書 2 <日本到着>

旅支度も慌ただしく、7月23日、日本へ出発した。
フロリダ→トロント(カナダ)→成田と順調に進み、
入国審査も問題なく通過できた。
私達が到着した第1ターミナルから、
義弟夫婦が到着する第2ターミナルへ移動。
義弟夫婦はイラン→ドバイ→成田の経路で、
私達より2時間遅れて到着することになっていた。
掲示板を見上げながら、到着した人々が次々に出てくるのを
ジーッと見続ける。
到着予定時刻はとっくにすぎて、しかし待てど暮せど、出てこない義弟夫婦。
40分ほど経過して、イライラが募った我が旦那が、
「早く誰かに訊いてこい!」と言い始めた。
とは言っても、誰に訊けというのか?
渋る私に、さらにイライラが高まり、
今にも到着ゲートの曇りガラスの向こう側に突撃して行きそうだったので、
インフォメーション・カウンターのお姉さんに訊きに行く私。
お姉さんは申し訳なさそうに、入管の状況は分かりかねる、と言い、
航空会社の電話番号(東京)をくれた。
どうしたものか・・・と半ば途方に暮れ、
イライラMAXの旦那のもとへハラハラしながら戻り、
どうにか航空会社に電話しようと試みていると、
到着から1時間20分が経過して、ようやく義弟夫婦が出てきた。

義弟によると、飛行機の中で配られた「入国カード」に
日本での滞在先が記入できなかったらしい。
私も帰国したのが5年も前なので、
機内で書かされる、このカードの存在をすっかり忘れてしまっていた。
英語も日本語もできない義弟夫婦が心配で、
「日本の入国審査でわからなかったらこれを見せて」と、
手紙を書いて義弟にFAXしておいたのだが、
それも、うっかりしていて日本の実家の住所を書き忘れてしまっていたのだ。
(ビザ申請時には、あんなに何度も日本語と英語で書いたのに!)
しかし東京に住む弟と、実家の電話番号は書いておいたので、
入国審査官が弟に電話を掛けて訊いてくれたらしいのだが、
その作業で1時間以上足止めを喰らったらしいのだ。
「日本、最悪!」
「ひどい奴らだ!」
と、半分冗談、半分本気で旦那と義弟から攻撃される、日本人代表の私。

空港近くのホテルで1泊する事になっていたので、
シャトルバスで移動し、ホテルにチェックインして、
軽い夕食を食べ、ホテルの部屋に義弟夫婦もやって来て、皆でお喋りした。
それから日本の家族に無事到着の電話連絡。
イランにも電話。

前回の帰省でも困った日本での携帯電話について、
自分のための覚書として、また、他の方の参考になるかもしれないので、
ここに書いておこうと思う。
今回はアメリカで購入したiPhoneを持参した。
アメリカで契約している携帯電話会社に頼んでロックを解除してもらったのだ。
そしてbモバイルで日本訪問者用のSIMカードを借りた。
インターネットのみのものにしたが、
Skypeで日本の固定電話とアメリカの携帯・固定電話にかけ放題(1か月13ドルほど)
のプランに入っていたので問題なかった。
ただ1GBまでの利用が可能となっていたので、
使い過ぎないように、と警戒してホテルなどのWi-Fiを使うようにしていたら、
余り過ぎて勿体なかった気がしたほどだった。
離島の屋久島でも、実家の新潟でも、問題なくネットが使えたので大満足であった。
Narita
翌朝、ホテルでの朝食風景

「日本の食べ物は全然違うんだからな!
フォークもスプーンも、持ってこないと日本にはないんだぞ!
覚悟しとけよ!」
と、我が旦那に電話で何度も脅されていた義弟は
「日本の色んなものを食べる!」と意気込んでやって来た。
早速、箸にも挑戦。
お味噌汁も飲んでいた。
この時点では微笑ましい外国人の初日本食。
だが、これがそう簡単にはいかなくなるのである・・・。
Comments

No title

翠さん、どうしてそんなに辛抱強いんですか?
わたしなら絶対キレます。

…って、そうじゃないんですよね。
イランやイラン人と関わると、日本人には想像しえない
NO CHOICE 状態に追い込まれるんですよね。
でも人の話だと余裕を持って読めるなあ~

つづきを楽しみに待ってます。

砂漠人さん

うーん、砂漠人さんには行間にあるジレンマがよく伝わっている様で、心のトゲが癒されます(笑)。
また追々書いていきますが、私もついにキレましたよ、最後の方ですが。
他人事、他人事、と余裕をもって、ヘラヘラ笑いながら読んでやってください。
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