移民家族 母娘はどこへ?

R側の一族からは、すっかり『黒幕』呼ばわりされているフロリダ娘。
彼ら曰く、全てのトラブルの原因は私にあるらしい。

こちらは無視を決め込んでいるものの、内心ライラしてしまうし、
また何か迷惑を掛けられるのではないかと不安が消えない。
なんだかんだ言って、Rに固執する私がいる。


10月下旬のある日、子供たちを学校に迎えに行った帰り道。
少し遠回りの道を運転していた私の目に、道端に立っているRの姿が飛び込んできた。
後姿だったが、なぜか「Rだ!」と、瞬時に察知した。
通り過ぎる瞬間に顔を確認した。
間違いない。
彼女はバス停に立っていた。
なぜ、こんな場所にいるのだろう?
Rのアパートからは遠く離れた場所だ。
我が家と自営業の車屋に近かったので、なんだか怖くなった。
その話をオスカーにしていた矢先、管理人のCさんから
「Rがアパートを出る」と、連絡が入ったのだった。

Cさんのアパートを出て、母娘はどこへ行くのだろう?
お金も残り少なくなっているはずだし、他に頼る人もいないだろうに。
まさかアパートを探していて、あのバス停に立っていたのだろうか?
ということは、また我が家の近くに住むつもりなのか?
ますます不安が募る。

そもそも私には、どうも合点がいかない点があった。
Rの動きは彼女独自の力でできる行動とは思えない。
2回の夫逮捕劇も、どうも誰かにアドバイスを仰いだらしい、
と疑っていたが、その後も素人らしからぬ動きを見せている。
9月末に、Mにイラン人の弁護士がつき、
仮釈放の申請が通るかもしれない、と聞いた矢先に、
Rが接見禁止の申し立てを裁判所に提出した。
そのせいで仮釈放の申請が却下されてしまった。
それまではMが出所してくる事に異存なし、と言っていたはずだった。
逮捕劇から1か月以上が経過してからの申し立て、
タイミング的に「なぜ今さら?」と思った。
Mに弁護士がついたと知っての防御策か?
仮釈放の申請をするであろう、と見越して先手を打ったのか?
いくら悪知恵が働くとはいえ、
来たばかりの異国の法に精通している風なのはどうしたことか?

そこで改めて、裁判所の公的記録をネットで検索した。
Rの申請した接見禁止の申し立ても、もちろん載っていた。
それを見て、はっとした。
Rも弁護士を立てている。
今度は、その女弁護士の名前を検索してみる。
すると彼女は家庭内暴力事件の専門家という事がわかった。
この女弁護士は大学の法学部で臨時講師をしているらしい。
彼女はこの法学部内に、家庭内暴力を受けた人が駆け込める
「クリニック」を設立したのだそうだ。
彼女は学生時代に、ある『家庭内暴力被害者の救済施設』で
ボランティアをしたことがきっかけで、
精力的に被害者の援助に力を注いでいると言う。

そこで私は気づいた。
『家庭内暴力被害者の救済施設』!
それが、あの日Rが立っていたバス停のすぐ目の前にあるではないか!
Rはそこに行っていたんだ!

全てのパズルのピースがはまった気がした。

Rはウェブ検索か、警官の紹介か、何らかの方法で、
家庭内暴力被害者救済団体と、
この弁護士が開設したクリニックを知ったのだろう。
クリニックは多方面からの援助金や寄付金で運営されており、
特に支払い能力のない被害者に、優先的にサービスを提供している。
クリニックの相談料はもちろん、弁護士料も全て無料になるのだ。
さらに救済団体に住居を世話してもらおう、と相談に行ったのだろう。
それらのサービスを受けるためのステップとして、
Mの接見禁止申し立てをしたのではないか。


Rは、いろいろなサービスを無料で受けられ「しめしめ」と思っているだろう。
女性にとって、なんて優しい国なんだ!と。
弁護士や救済団体から、経済的・社会的自立を促すアドバイスを受け、
「私は一人でもやっていけるわ!」と、
気持ちが盛り上がっているのではないだろうか?

オスカーは「いや、絶対に崖っぷちに立たされた気分に違いない」と言う。
ここまで堕ちる人間もそうそういない、と。
それも一理あるかもしれない。
現にRの父親が、つい最近も
「どうして俺のEメールに返事をくれないんだ?
Rは大変な状況で、援助を必要としてる。
助けてやってくれ!」
とEメールを送って寄越した。
Rが父親にSOSを送りまくっているのか?
もちろん私達は無視しているけれど。

もし本当に家庭内暴力被害者の援助施設に入っているとしたら、
Rの場合、その施設で問題を起こすのは目に見えている。
他の住人ともめるか、施設の管理人ともめるか、
はたまた弁護士を使うだけ使って、最後に牙をむく可能性もある。
オスカー曰く「自滅寸前」だ。


誤解してほしくない。
女性に対するセイフティー・ネットは重要だ。
抜け出せないと信じ込んでいた暴力のループから抜け出し、
新し人生を自分の手で切り開いていく手助けは必須だと思う。
そういった施設や団体がある事は素晴らしい。
しかしこの援助を受ける資格がRにあるのかどうかは、かなり疑問だ。

私が見た限り、Mは家庭内の実権を握っているようには到底見えなかったし、
手や言葉で伴侶を虐待し、コントロールしているような「凶暴さ」は全く感じられなかった。
家庭内暴力は陰湿に、陰で行われる事なのかもしれない。
しかし、そういう場合でも傍から見ていて
妻が夫を恐れているのが、何となくわかるのではないだろうか?
Rの横柄で支配的な態度を見る限り、夫を恐れる素振りは全くなかった。
むしろRの一にらみで黙るような夫、ビクビクしていたのはMであった。
他人の前や、外では妻に服従している夫が、
家の扉を閉めた途端、暴力を振るうという事もあるのだろうか?
私には想像しがたい。

いや、私の意見はどうでもいい。
もし本当にずっと家庭内暴力に苦しんできたのだとしたら、
Rはこの国で暴力夫を切り捨て、新しい生活を始めた。
それなら必死になって働き、娘たちを育ててほしい。
彼女のやり方でどこまで這い上がれるか、やってみろ、と言いたい。
プライドも過去の栄光もすべて捨てて、母親の底力を出せ!


いくら関係したくない、とは言っても、MとRがこの町にいて、
Rの父親、Mの姉や弁護士と、色々な人間から連絡が来る限り、
完全に繋がりを断ち切ることはできない。
「ある日突然、Rが家のドアの前に現れるのではないか?」と妄想してしまう。
息子が怪我をしたり、私達が追突事故にあったのも、
「Rが邪念を送っているからではないか?」と思い、
塩を撒いたり、体に擦りこんだりと、お清めの真似事までした。

ハッキリ言って、移民家族が来て以来、いい事がない。

いっそ『黒幕』になってしまおうか?
いやいや、私が手を汚す必要はない。
神によって、R自身のカルマによって、
いや、そんな崇高なレベルに求めずとも、
彼女の周りの人間が、然るべき事をするだろう。

フロリダ娘みたいな、分別ある人間ばかりじゃないんだよ。
Comments

驚きました

大変な経験をしていたのですね。随分と消耗したことでしょう。

イランの旅では良い思い出しかないのですが、実は、私にもイラン女性との苦い思い出があります。

留学していた時に、住まわせて頂いていた方がイランの女性でした。住んでいた頃から、居心地は良くなかったのですが、2カ月後、喧嘩別れして退去しました。銀食器を獲ったや、出て行くにしても家賃は約束通り払えなど、ドラマのワンシーンのようにヒステリックに有る事無い事怒鳴られ続けました。

同様にラボの秘書さんに怒鳴りまくってくれたお陰で、彼女の精神はおかしいからと、その日のうちに夜逃げさながら、荷物を持って退去しました。その後は、スーツケースを携えた放浪留学生として約半年色々な場を転々としました。

今でも苦い思い出で、心がグサリ。フロリダ娘さんも、心を抉られたことでしょう。

自己を守る強かさといえば、聞こえは良いですか、竜巻のように、なぎ倒しながら生きていく人もいるんですよね。災害にあったと諦めるしかないのが、辛いところですね。

shoさん

shoさんにもそんな経験があったのですね。我が家の旦那に免じてそのエピソードは封印してくださっていたのでしょうか? 笑
イラン女性が、と一括りにしてしまうのはいけないとは知りつつも、クセの強い人があまりに多いので、私の中にイラン女性への偏見生まれつつあります。shoさんの経験は私のそれとかなり似通っていますね。スタイル?攻撃方法?が同じと言うのか... 有る事無い事ヒステリックに糾弾してきたり、色々な人にそれをして関係を断ち切っていくあたりも。竜巻のようになぎ倒す。とってもピッタリな表現です。

shoさんを放浪の旅にまで追いやった苦い経験。私も当初は人間不信に近い状態でした。正直捕まったMさんにも関係したくなかったし、彼を援助し続けるオスカーにもイライラしたりしていました。でもそこで揺るがずに「それでも困っている人は助けるべきだ」と言っていたオスカー、今となっては、そういう態度の人間がそばに居てくれたのはありがたいと思います。苦い経験をしても人間全てを憎んでしまってはいけない。約半年を経て、そう思えるようになってきましたよ。
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