イラン旅行記 <3> ラマダン

帰郷5回目にして初めて、ラマダン(断食月)にイランを訪れた。
旅行の日取りが決まった時点で、義弟は
「まだラマダンが終わらない時期にくるの?」と、苦い口調。
ラマダンは辛いからだろうか?
私たちも断食するのだろうか?
と思っていたが、イランの家族は皆「しなくていいよ」と言う。
そう意味ではなく、ラマダンの期間は街も人も普通に機能しないからだ、とのこと。

イランに到着してみると、
断食している人としていない人さまざまだった。
高齢で健康体とは言えない義父母は断食しないが、
同じ家に住む義妹はしっかりとラマダンの日課をこなしていた。
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彼女は夜明け前に食事とお祈りをし、
日中は部屋の隅で静かにコーランを読んでいるか、眠っていた。
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断食はできずとも、お祈りは欠かさない義母

断食月は毎年少しづつずれるのだが、今年はもっとも日が長い。
つまり断食時間が長い年らしい。
夜8時45分頃に断食時間が終わり、熱いお茶を飲み、
パンやスープなどを食べる。
サフランで黄色くした甘いライスプティングも、よく食べていた。
私達は毎晩カバーブとライス、肉の煮込み料理など、ヘビーなご馳走を食べていたが、
断食している人達はお腹に優しいメニューを食べると決まっているようだった。

滞在期間の前半は断食月だったので、昼間親類の家を訪問すると、
お茶や果物を振る舞われるのだが、
それを出してくれる彼女らは何も口にせず、なんとも申し訳ない気分であった。
レストランも日中営業しているが「持ち帰りのみ」で
断食時間中に店内で食べることはできないらしい。
ラマダン期間中は、昼間おとなしくしている人が多いらしく、
夜になると、いつもに増して人や車が町中に溢れている気がした。
後で書くが、1泊2日の旅行に出かけた時もまだ断食月だった。
おかげでホテルは半額近い値段で泊まることができ、
観光地はガラガラで、ほぼプライベート・ツアー状態。
不謹慎かもしれないが、ラッキー!と感じてしまった。

テレビではイスラム系過激派グループがトルコやバングラデシュなどで
「活動的」にテロを起こしていたが、
イラン国内では社会全体がむしろ「非活動的」な日々を送っていると感じられた。
テレビ画面に映る恐ろしいニュースに、イランの人々も驚きと脅威の表情を見せていた。
オスカーはわざと
「今、イスラム教徒はどこへ行っても肩身が狭い。
ニュースを見てみろ。
自分はイスラム教徒だ、って言いたくなくなるだろ?」と
家族・親戚にいちいち訊ねていた。
皆、ちょっと困った表情で
「あれは過激派グループだ、私達とは違う」と言っていた。
「皆同じだと思ってるよ。イスラム教とはそういう宗教だって皆が思ってるよ。」
追い打ちをかけるように、意地悪なことを言うオスカー。

イラン滞在中、日々感じていたのは、イラン国内はとても平和だということ。
夜の12時すぎに沢山の人が公園で夕涼みを楽しみ、家族皆でピクニックをしている。
アメリカのどこへ行っても夜中に気軽に出歩けるような場所はないし、
イランで感じられるような「コミュニティー感」はない気がする。
諸外国から「危険な国」として避けられているイラン。
そうではないのになぁ、と残念で仕方がない。
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