2018年日本帰省1 〜出発〜

7月21日(土)

4年ぶりの帰省はオスカー抜きの母子3人。
地元の小さな空港から1時間ほどでアトランタへ飛び、
そこから成田まで12時間ほどの長い空の旅だ。

体調は絶不調。
出発2日前に長男が嘔吐してぐったり。
翌日には次男が嘔吐と熱でぐったり。
薬を飲んで眠っている次男を見ながら、
「明日の早朝、本当に出発できるんだろうか?」と
不安でいっぱいになりつつ、
深夜までかかってスーツケース6個に荷物を詰めた。

毎回フライト・トラブルが起こる地元の小さな空港。
今回も例に漏れず、しっかり3時間遅滞した。
それも一度飛行機に乗り込んだのに、
「アトランタ空港が天候不良で飛行機の着陸を受け入れられない」
とアナウンスが流れ、飛行機いっぱいの乗客は一旦降ろされた。
乗り継ぎが怪しくなってきて、カウンター前には長蛇の列。
途中で国内乗り継ぎの列と、国際線に乗り継ぐ人が分けられ、
私は国際線の列に並んだが、全く進む気配がない。
そのうち私の後ろにいた男性が携帯電話を見ながら
「フライトが変更された!夜まで待たなきゃならない!」
と嘆いていたが、私には全く連絡が入らずヤキモキ。
ようやく私の番になりカウンターに辿り着くと同時に、
周りが一気に慌ただしくなった。
アトランタ空港から着陸OKの連絡が出て出発らしい。
「私の乗り継ぎはどうなるの?」と聞くと、
「絶対に間に合わないから、明日同じ時間に戻ってきたほうがいい」
と言ったきり、他の乗客のチケットをスキャンして
どんどん人の乗せるのに忙しく、私を完全無視。

もうイチかバチか行くしかない。

そう思った私は列の最後尾に並び、子供達を急かして飛行機に乗り込んだ。
1時間強の飛行中、間に合ってくれ!と祈り続け、
全く落ち着いていられなかった。
アトランタに着陸して、携帯の電源を入れると
『成田行きの飛行機が1時間遅れ』のメッセージ!
やった!間に合う!

急いで国際線のターミナルへ移動すると、
乗客がほとんど乗り込んだ状態で飛行機が待っていてくれた。
何という幸運!と思ったが、
数分後に機内放送が流れ、
「先に申し上げましたとおり、
パイロットとフライト・アテンダントの到着が遅れて
皆様にはご迷惑をおかけしております。」
と説明していた。
おそらく私達と同じような小型機で
地方都市からやってくるはずの乗務員がいたのだろう。
やっぱり地元空港の陸上係員の言うことを聞かなくてよかった!

安堵感と達成感でいっぱいになりながら、
12時間のフライトを終えて成田に到着。

ところがここでもトラブルが。
荷物が出て来るはずのカルーセルに行くと、
何やら文字が書いてある掲示板を付けたスーツケースが
ぐるぐると回っている。
よくよく見るとフロリダ娘の名字が・・・。
過去にそんな経験がないので、慌ててカウンターに行ってみる。
すると荷物6個が全て乗り継ぎに失敗した、と告げられた。
「あの滑り込みセーフ乗り換えじゃ仕方ないよなぁ」と
内心納得したものの、では荷物は一体どうなるのだ?
と、係員の言葉を待った。
日本のデルタ係員は
「大変申し訳ありません!」と
何度も何度も、平謝りに謝っている。
(あとになってアメリカ育ちの子供達が
「なんであんなに何度も謝ってたの?」と
不思議に感じるほどの謝り方だった。)
結局荷物が到着するのは3日後だと言う。
確かに不便だ。
成田に着いて荷物を受け取ったら東京に一泊する予定で、
着替えや身の回り品を入れた小さいスーツケースを用意していたのに、
当然それも出て来なかったのだから。
しかし地元・新潟まで配達してくれると分かった私は大満足。
スーツケース6つ分の配達料が浮くじゃあないか!
さらに遅滞で当座の下着や最低限の着替えを買った際、
レシートを取っておいて後で航空会社に請求できる、と言われた。
そうとなれば逆に感謝したくなるくらいだ。

こうして、心もとないながらもお得気分に胸膨らませて
私達の手ぶら旅行は始まった。

まずは弟のいる東京へ!
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